連載小説
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その一7
T市の郊外の会社を出ると、空は八月の青
空で透は空気だけが冷たい中、一日の仕事の
後の疲れと退屈の中で、今日のこれからを考
えた。まだ、月曜日で一週間は始まったばか
りだ。一週間の初めの儀式として、透はtits
.trip に遊びに行こうと考え、青空が、季節
の外れの真夏の青空が、ひんやりした中に一
点の曇りもない青色をしているのを疎ましく
思いながら、それは人工的な均一に塗られた
斑のなさで、その下にいる透をひどくそこか
ら遠ざけた。三度、その間隔を均一に、何か
のおまじないのように、いや、機械を正確に
作動させるときの動作のように、透は靴先で
土をけり上げた。
 移動は時間を必要としなかった。透は入り
口にいた。扉はひとりでに開いた。いつもの
ことだ。扉が開くと、身体をとかすような甘
い音楽が透の体を包み、それもいつものこと
だったが、床全体の、赤色の絨毯と同じ色の
ソァーが目に飛び込んできた。それもいつも
のことだったが、光を受けて、中央にいる女性
二人の裸が浮かび上がった。天井へと手首を
くくられた姿で、白色の裸体が、2つそこに
並んでいた。正方形の近い部屋は、その壁も
天井も絨毯と同じ赤色のはずだったが、暗い
照明はただ、床とソファーの赤色だけを浮か
び上がらせている。今日の2つの裸は音楽に
合わせて踊るでもなしに、観賞用の形をして
いるわけでもなく、ただ、裸が、服を身に着
けていない女性の体がそこにあった。音楽は
ひどくゆっくりとして透の心を和ませた。2
つの裸は両腕を天井にと向け、括られ、体の
柔らかな曲線と包み込むような丸みを見せて
いる。目は静かに彼女たちの顔で閉じられて
いるはずだったが、その目は部屋と同じ色の
布で覆われ、ただ、頬の白さだけが際立って
いた。そして唇も同じ赤い色。
 透は彼女たちがその裸身を、天井から吊し
た柔らかな体の曲線を晒している前に席を取
った。そこもいつもの同じ場所だった。周り
には、二、三人同じ用に客が席についていた。
その女性たちを買おうとする人もいたし、裸
の彼女たちを見ているだけで十分という人も
いたが、透は後者で、いつも、光に浮かぶ彼
女たちを二、三時間見ているだけで、それで
よかった。何もせずに見ているだけでよかっ
た。それ以上何を望むというのか。ここを出
てしまえば、明日になれば、同じ一日がまた、
始まるのだから。
 周りの光の届かないところでは、男性の姿
は消されて、ゆっくりとした音楽に身を任せ
ていれば、透の体はその音楽に、もしくは音
楽に満たされた部屋の中に、空間に溶けてい
ってしまいそうだった。そして、二人の女性
の裸体とソファーの赤色ばかりが強調された。
白い彼女たちの裸は柔らかな曲線ばかりを見
せ、透はいつも前に見た裸とどこが違うのか
と思ってしまう。確かに、その裸は美しかっ
たし、よくいういい女なのだが、高い値段の
つく女たちなのだろうが、残念ながら一人一
人違うはずの彼女たちが透にはみんな同じよ
うに見えた。その美しい白い裸体と、透明な
肌に光を受け、浮かび上がる恥毛の映える豊
かな肉体と、背中を被う長い黒い髪と、しか
し、いつも見てもその美しさは、みんな同じ
なのだ。その美しい裸身の先週の女性と、そ
の前の女性と、そして、今目の前にいる女性
とみんな同じなのだ。透は闇の中に身を沈め、
輪郭を失っていく自分の肉体を音楽に浸し、
唯一はっきりとした目の前の彼女たちの裸を
見た。不幸なことに、その裸身は部屋の中で
唯一、はっきりとした輪郭を持ち、それは美
しかったが、みな同じだった。お金で換算さ
れてしまう裸の美しさと不幸をそれは表して
いた。形のない体から、手が伸びて、彼女を
誘った。店のほうと話ができたのだろう。男
の顔は見えない。年格好さえも闇の中ではっ
きりとしない。ただ、彼女の手を引き、彼女
の美しい裸を透の前から消し去ってしまった。
ライトの中のソファーの赤だけを残して消え
てしまった女性が、顔さえも確認できなかっ
たはずの裸の彼女が透にはひどく美しい女に
思えた。また、次に、現れる裸の女性も同じ
に思えてしまうはずなのに、消えていく女性
は美しく感じられた。
 残された女性を透は、暗闇の中で、体の力
を抜いて見ていた。天井からつり下げられた
両腕の付け根は柔らかい窪みとなり、その腕
の内側もまた、とても白く、美しかった。天
井からの戒めで、その裸はだらりと垂れ下が
り、その弾むようなバストをつきだし、赤色
ばかりの中で唯一違う色を見せるその体は確
かに魅力的なのに、やはり前の誰かと同じ体
だった。女の体が静かに半回転して、その背
中の滑らかな曲線を示している。美しい曲線
が輝いて見えた。
 音楽が鳴り止んで、吊されていた彼女が降
ろされた。絨毯の上で、彼女は天井にと上げ
ていた両腕をだらりと下げ、横坐りになった。
 いつもより早いのに、時間かなと思ってい
ると彼女のその裸身に、柔らかなバストにロ
ープのようなものが巻きつけられていった。
張りをましたバストは、その透明感をました
バストは美しいのに、やはりそれだけだ。こ
の前の女性とどう違っているのか分からなか
った。「セックスと同じだな。」透は思った。
みんな繰り返しにすぎないんだ。その裸身は
綺麗に縛ら、その両方の太ももの間では、セ
ックスも可能だろう、でも、それだけだ。い
つもと少しも違わないんだ。
 静寂の中で新しい女が登場してきて、ひど
く色の白い裸が透の目に入った。一人が連れ
出されたためにもう一人なのだろう。年齢は
前の女性よりも若いかもしれないし、同じ位
かもしれない。髪が豊富で背中まであった。
だが、その女性が透の興味を引いたのはその
ことではなかった。彼女の体の薄さ、細さで
はない、その薄さだった。それにはほとんど
厚みというものがなく、そう言ってよければ、
体が平面だった。先程、客に連れ出された女
とも、いまソファーに残された女とも甲乙が
付け難いほどに美しいのに、その体からは不
思議なほど凹凸というものが消えていた。 
 明かりの下に、店員によって引き出された
裸体はそのバストも、腹部も、その両方の太
股もその丸みが、もう一人の女性のそれとひ
どく対照的だった。すべては平らに近かった。
いい女であることには違いなかったが、先程
に連れ出された女性とも、いまソファーに残
っている女性ともどちらともいい難いいい女
ではあるのだが、不思議なほどその身体には
凹凸というものがないのだ。美しいバストな
のだが、美しい腹部なのだが、美しいヒップ
なのだが、それは柔らかな光のみ反射して、
人間の女性がもつ肉体の丸みを置き去りにし
ていた。光の反射の具合によって、それが凹
凸を、丸みを少しは残していることは見てと
れたが、普通の女性の丸みからは、やはりひ
どくかけ離れていた。
 止んでいた音楽が、また始まると、すぐに
彼女を連れ出しては他の人に悪いかなと透は
考えていた。新しい女性はそれを気に入るか、
気に入らないかは別にして、少しは見ていた
いものだ。知らない裸を少しは見ていたいも
のだ。そして、少しも変わらないことに気づ
いてがっかりしてしまうものなのだが。ゆっ
くりとその平らな身体を光が染めていき、そ
して、裸が完全に赤色に変わるのを見て、透
は席を立った。すぐ、店員と彼女の値段の話
を始めていた。話しながらその体を見ると、
それはやはりなめらかな曲線につつまれた平
面の体だった。前から見ると、普通に見える
美しい体なのだが、その体は薄く、紙みたい
なのだ。
 彼女の値段は一週間の給料と同じくらいも
したのに、不思議なことにそれが透には安く
感じられ、
 「何日間か、連れ出ししたいですか。」と
その金額を尋ねていた。貯金の額を思い浮か
べ、それがなくなる日数も計算してみたが、
「一週間にして下さい。」と答えていた。一
週間というのは自然が作り出した特別な時間
の単位だからだ。
 「明日、お金を持ってきます。」と店員の
顔を覗きこみながら、透がいうと男は黙って
うなずいた。祈るみたいな気分だったなと、
透はちょっとおかしくなった。
 「じゃあ、明日から一週間だよ。蝶ていう
んだ。いい女だろ。」
 少しもそう思っていない口調で店員は言っ
た。光のほうに目を向けると蝶は暗闇の中に
浮かぶ裸を男性に晒していた。かすかな丸み
を持つ彼女はやはりひどく薄っぺらだった。
「あの身体も他の女性みたいに温かいのだろ
うか」
 透は期待をこめて彼女を見た。
 次の日の火曜日、透は約束の時間に間に合
うようにAデパートの前に来た。空には、赤
いクレヨンで描かれた太陽が光っていた。拙
い線のその光線は放射線状に、その一本、一
本がその境界をぼやけさせながら、クルクル
と丸くなった太陽から伸びていた。
 何度、時計を見ても、約束の時間にならず
手持ちぶたさに歩き回っている時に、透は彼
女の服装を聞いていなかったのに気づいた。
昨晩、裸の彼女をちょっと見ただけなのには
たして分かるだろうかと心配になったが、あ
の体の印象があったし、その体の薄さからし
ても、まあ大丈夫だろうと思った。そして、
前髪を几帳面に指先でなぜた。
 もう一度、時計を見ると、今度は、約束の
時間まで後1分を差していた。きっと、彼女
が現れるまでその1分は進まないはずだ。現
れたときがちょうど約束の時間なのだ。行動
と時間が別々に進むという考えは不健全だっ
たし、行動と時間が別々に存在するなんてこ
とは有り得ないわけだし、時間というものは
そういう風にできているんだ。蝶が乗ってい
た車がもう少し大きな音を立てる型の車だっ
たら、透もそれと気づいただろうが、残りの
1分がはたしてどのくらいの長さだったのか、
透にもはっきりとないうちに 1分はたってし
まった。
 彼女の車は静かに、彼の前に止まっていた。
その車はあまりに薄すぎて、驚いてはいけな
い、それもまた紙でできていた。紙に描かれ
た平面の車だった。その中に、蝶がちゃんと
乗っているのだ。不思議なことだったが、そ
こに彼女がいるのだからそれを信用するしか
なかった。相手を確かめる必要は、蝶にも、
透にもなく、挨拶を済ませると、じゃ、内容
だけ、まず確認してしまいましょうと彼女は
その紙の車に透を誘った。
 その余りの薄さに、どう考えてもその車が
空間を所有しているようには見えなくて、透
はそれを断った。扉をあけると向こう側、乗
ろうとするとあちら側に落っこちてしまう、
そんな感じなのだから、用心しなくてはなら
ない。道路の上に転がってもみっともないし
ね。結局、喫茶店でお茶でも飲みながら、と
いう事になった。
 話をしているうちに、蝶の自動車の薄さが
彼女自身の薄さと同じなのに透は気づいた。
昨日と違って服を着てしまうと彼女は、普通
の女性と変わらなく見えたが、確かにそうだ
った。着痩せするというのがあるがその逆だ
った。いや、ちょっと違う。それは、他人に
対して本当の姿は見せないということだ。他
人が見ているのは他の女性と同じ彼女の上辺
だけ、ということだ。それが一番楽なのだか
ら、それでいいのだ。誰も非難なんて出来や
しない。
 蝶の話は、昨日店の男が言ったのと同じで、
まず、金を渡してくれるようにと彼女は言っ
た。封筒に入れたそれを渡すと、確認しても
いいと透に言い、蝶はゆっくりとその中身を
数えた。それから、透は彼女に彼女の条件を
聞いた。店とは違った彼女の都合があるかも
しれないと思ったのだ。彼女が言ったのはご
く当たり前のものだった。家族といっしょに
住んでいるので、彼女の年齢からして、まだ
父親も母親も元気なのだろう、外泊はできな
いこと、また、決まった時間には帰りたいと
いうこと、それが彼女の条件だった。 
14/04/30 00:27更新 / あきら
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