ポエム
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イエローガーデン
「人生は1人旅なのよ」と、女流詩人は言った。

僕は気高かった彼女のその、瞳の奥のうっすらとした哀しみを、探っている。

ピリッとした晩秋の朝だった。詳しい話の流れはとうに忘れてしまったのだけど、ともかく、イチョウの並木道をゆっくりと2人歩いていると、彼女は半ば唐突に、誰にともなく呟くように、そう言ったのだ。

敷き詰められ延び拡がった、そんな鮮やかな黄を見ていると、泣きたいくらいに幸せだった。彼女ができて2人になろうと、ずっと1人だろうと、僕は一生幸せ者なんだという気がした。僕も世界も、幸福に包まれていた。そんな中、彼女だけが寂しそうだった。

あんなにシャキっと背筋を伸ばしながら顔に哀愁を宿す人を、僕はあの日以来見たことがない。月が似合うと言っても、雪が似合うと言っても、陳腐になる。この世界の全てのものに似合わないゆえに、逆に何にでもそれとなく合ってしまうような、そんな奇妙に存在感のある女(ひと)だった。

あのどこまでも澄んでいたような瞳には、この世界の何が映っていたのだろう?

たとえば夜道でふと立ち止まって、浮かび上がるスマートフォンの四角い光に、世界の秘密をひっそりと伺っているような心地がするとき。

たとえば夏のベランダに出て、大きな入道雲と自分のあいだに1本の線を引いて繋いで、この身の小さな小さな大きさに打たれるとき。

そんな折に、僕は彼女の言葉を思い出す。

けれど、彼女が生きていた世界を僕が知ることは、この先ももうけしてないのだ。

呆けたような幸福感の最中で僕は1人、あの朝のイエローガーデンに取り残されたままだ。


23/09/18 09:45更新 / はちみつ



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