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決別
この胸の傷をどこまでも慰撫し続けてくれるような、そんな女性をこそ、昔の僕は求めていた。いうなれば慈母のような女性を。それほど優しさというものに飢えていたんだなといたわりながらも、そんなかつての自分には、きっぱりと決別したいと思う。

とんだ甘ったれだったように思うのだ。かつての僕は願っていた。弱い自分や惨めな過去を見せ合って、そんな互いの傷を舐め合うようにじめっと語り合う…それこそが本当のコミュニケーションだと、不思議とそう信じて疑わなかった。

もちろん今とて、弱みや過去は隠し通すべきだなんてことは思っていない。それはやはりある程度の段になれば見せ合ってしかるべきだと思う。問題はその際の現し方だ。いかにも深刻な面持ちやトーンで、どこまでもしんみりと語りながら、それに相手が120%で同調してくれるのを舌なめずりして待っている―この昼下り、そんなシーンを思い描いた瞬間に、僕の胸は"NO!"と言った。

この今、僕は思うの―傷を見せたいのであれば、やり方は1つだと。笑いに包んで、どこまでも軽やかに、それにまつわる苦しみも哀しみも、みな千里彼方に置いてきた―そんな風を装いながら、あっけらかんと話すのだ。その胸中に相手が秘かに思い馳せてくれることを、実にささやかに期待しながら。

仮にそれが成就しなくとも、もちろん、相手への愛を失くす必要などない。ともに苦しみ哀しんでくれるいつの日かを、甘い夢として、そっとその胸に仕舞っておけば良いのだ。

必ずしも、苦しみや哀しみの底で繋がらなくたっていい。晴れやかで溢れ出すような悦びや、流れるようにたおやかな心地よさの、そのてっぺんで、僕らはすでに繋がっている―
23/05/05 13:20更新 / はちみつ



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