ポエム
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世界で最も大切な人
あなたに切られたことが悲しくって死にました―そうあなたに伝わったところで、それは僕の"ほんとう"じゃない。

そんなものはまがいもののドラマだ。でもドラマってやつは厄介で、いったん胸のなかに駆動し始めると、たとえまがいものだとしても(あるいはまがいものだからこそ)、人の心を震わせる。

でも震えてるからって、それを本当だと勘違いすることはもうしない。本当だから震えるんじゃなくって、いかにも劇的だから震えるだけ。

僕のほんとう―それは漠然とした空虚と一抹の侘しさ。けして悲しみの底なんて場所にはいなくて、その空虚と侘しさにしたって、多分に、"もしもこのさき彼女ができないならば"という話で。あなたと一緒にいられなければ生きている意味はないとまでは、僕は正直思っちゃいないんだ。

そんなあなたを、僕はけれど、たとえこのさき彼女ができたとしても、その彼女と同じくらいに大切に思うだろうと思う。あなたはきっといつまでも、僕にとって、世界で最も大切な人の1人であり続ける―





考えてみれば、一緒にいたときあなたは遠かった。あなたは深いところまで踏み込んできてくれなかったし、僕もまたどこか躊躇してしまっていた。恋人以前の友人同士だったことを持ち出さなくとも、僕たちはあまり深い間柄とは言えなかった。

けれどあなたのたおやかな物腰や、静けさに満ちた華やぎといった諸々に(そしてあなたはもちろん、優しかった)、僕はいつも、そこはかとない懐かしさみたいなものを感じていた。そんなあなたはまるで、触れ合うや一瞬で僕を心の故郷へと導く、そんな精霊のようだった。僕にとってあなたはいわば、遠くにいながら近くにいる、そんな不思議で温かい存在だった。そしてそんな不可思議は今、当時にも増して深まっている。

物理的に離れてしまい会えなくなった今、会えないという絶対の事実に、まるであなたは別の星に―つまり"どこまでも遠くに"―行ってしまったかのよう。そんなあなたの近さはしかし、逆にかえって、この胸のなかひしひしと切実に―"どこまでも近くに"―感じられる。

どこまでも遠くて、どこまでも近い―そんな場所で揺れ続けるあなたの、水彩のような淡さ。今宵もあなたという海を、この胸に拡げる―

23/04/25 19:35更新 / はちみつ



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