ポエム
[TOP]
秋雨の女(ひと)


輝ける青に抱かれたあの町で
あなたは今も

あなたに行きつけの花屋があったらと思う

それはささやかでこじんまりとした
しかし丸眼鏡の老婦人の愛に満ちた花屋だ

その朝はほんのりと霧に覆われた朝で
それがあなたを
あの亜麻色の瞳を儚げに見せた

恋に悩める乙女のような
そんな流し目を受けたように老婦人は感じて
"いまのお姉さんには、この花がいい気がするねぇ"と言う

幾千もの孤高の黎明に
私はしかし胸の底では夢を見ていたのだろうか

そう思うあなたの目前で小さな水色の花が揺れる

あなたは水色の花と一つになりたいと思う

小さな小さなその花を両手でしかと持って
晴れゆきつつある霧のさなかを
陽に輝く住宅路へと歩み出したいと


あなたはいままで
海から拒まれた砂漠で目を伏せていたんだ

その純白の衣装を痛ましく
止むことのない砂風に吹かれるままにして

あなたのあの控えめな胸が象っていただろう
白の生地の哀しいまでにやさしい張力を想う


輝かしい昼が訪れる
霧はすっかり晴れている
それでもあなたは
"また一つ歳を取りました"と同僚と笑う

昼休憩には歳下の友と軽いランチを
コーヒーチェーンで若い娘にささやくソプラノ
薄紫のシャツにウインク
手を取り合って外に出る
涼しい風が吹き撫でていく
薄緑をしていたようにあなたは思う

夕刻になればあなたは一人
夕焼けを蝶となって泳ぐような
一人分の食事を作るあなたの所作
冷蔵庫を開けるとまた一つ
世界が開ける音がする

あなたの瞳を彩っていた亜麻色は
あなたを雫へと変えて
哀を夢見る秋雨のように
深い森の湖面へと
そっと触れさせるかのよう




25/06/06 08:09更新 / はちみつ



談話室

TOP | 感想 | メール登録


まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35c