切り株のケーキ、甘やかな歌
あの晩秋の夜に私は
モンブランの入った小箱だけ左手に持って
色づいていたかどうかさえ定かでない林の
左小道を足早に歩きアパートへと向かっていた
現実をちゃんと見てなかったのは
世界が哀しいくらいにおおらかに揺れている気がしていたから
ある午後には厚手の紫のジャケットを着て
夢見る星の夢を見て歩いた
胸のなかで色づきかけたおおきな葉が巨大な雫のように落ちると
大地には清らかな薄緑色の大気がたゆたっていた
仄暗い早朝には
なぜだか紺の半袖シャツを着た冬の女神の
浮かび上がる夢のようにまろやかな膨らみに打ち震えたりした
あの夕刻
私は胸を穿つような寂しさに背を押されてケーキ屋に行った
やさしいお姉さんの下へと夕焼けを駆けた
女神(強い女)になれない自分を委ねてしまいたかった
林のなかにはなだらかな丘があって
私は明日の朝に木漏れ日のように星が降る夢を見た
お姉さんの髪の黒とどこか合っていなくて可笑しかったけれど
切り株のケーキをポンと置いてみたら
甘やかな歌が黒に乗って
しとやかな腰へと夢を見るよに流れていった
小箱を開けるとなごやかな黄が迎えてくれた
どこまでも謙虚であたたかい黄だった
せめて葉蔭の妖精のようになれたらと
そっと目を瞑っていただいたモンブラン
その夜に私が見た夢は
絹糸のような星々の軌跡に護られていたのかな
なんて
それは今ではもう
決して知ることのできない夢だ
25/05/29 21:23更新 / はちみつ