宿屋の女
砂漠の真ん中に住まう姫は
哀しげに目を細めつつも
温かい
大きくも小さくもない胸の
艷やかな身を絹に包めば水色の風だって吹くだろう
グレーの半袖シャツから覗く二の腕は
気づけば熱気に赤味が差して
深い黒の瞳が閉じられると
夏の椿が花開いた
夢見るようにしなやかな彼女の曲線
一対の宝玉はグレーの海を波立たせて
張られた皺のなごやかさは輝ける唇のためだけのもの
シルクハットの紳士が宿屋を抜け出して
白い鳩を彼女の傍へとそっと配して去っていくー
ークルルルル…
ハッと左を振り向いた
"彼"は羽根をバタバタさせた
何か怒ってるみたいだと思う
そっと白い手を差し伸べる
すると彼はそっと乗った
まるで砂糖菓子だと彼女は思う
彼の身体のすべてが砂糖から出来てるよな気がした
フフッ
とすれば私はカリスマパティシエかしら
シャキーンっ!
自慢のケーキの名は『黒い森のケーキ』です
なんだぁそりゃ?
まあいいぜ、食ってやっよ…
…と彼女は束の間の白昼夢だ
クルッ、クルッ、
クルルルルーッ!ー
ー「あひゃあ!」
泥を薄紅の頬に付けられてしまった(!)
"
まっ、いいわこれしき。
ハハッ、
なんだかチョコレートみたいでクール、
なんて思うのは私だけだろうけどねぇ(!)
"
と、
あえてとらずに放っておくそれはささやかなる大地への慈悲だ
一つ、
また一つと鳥居をくぐりつつある極東の少女よ
ひんやりとした大気へとたなびく歌はラブドールとませている
朝焼けの眩しさに
臀部の重力は地下深くのマグマへとひた走るように目覚めるか
小さな秋田犬が鳥居の左横から回り込んできて「ワン!」ー
ー「わわっ!」
…「なぁ、〇〇さんの神社にこのあいだお参りに行ったらさ、〇〇さん白のニーハイなんか履いちゃってさ」
「巫女装束じゃなくあえてね」
「そうそう」…
ペロペロと
舐める舐める
彼女の左頬をめちゃくさ舐める
「そんでもね、そんでものぅ…」
少女の祖母は不満タラタラ汗もダラダラ
「あたいやって、畑仕事だけで人生終わりたーないわい!」
あの日のグレートバリアリーフ
どこまでも広いエメラルドグリーンに抱かれて
アングロサクソン姉さんの親愛なる大輪の笑顔が咲いてー
「ねぇおばあちゃんわたし、あの日のケアンズのお姉さんみたいに、なりたいわ」ー
シュンと萎れる背中…
でも一寸ののち
振り切ったよな笑顔に迎えられた(!)
おばあちゃんは斜め30度くらいに顔を上げ空を見る
カラスが群れを成して右へと整然と吸い込まれていく
この晴れやかながらもどこか寂しい情景を
遥かな明日から乙女の"私"は振り返る
おばあちゃんはお地蔵さんみたいに優しくなってしまうだろう
そのやさしい微睡みへと(向かって)希望に燃えるわたしは、罪びと
おいお前、
もっとちゃんと部屋の掃除しろよなぁ
これじゃあ客足、遠のいてくぜ
なによ
昨日ケーキ作ってあげたばっかなのにそんな言い方、
ないじゃない
いつしか白い鳩は消えていた
顔に手をやるとあら不思議
つるつるお肌のお出迎え
その質感以外には何もなかった
なにも
でもそれはすべてをくぐり抜けた暁の
澄み渡った風のような空しさだった
「にしてもこの昼下がり、勘弁してほしいくらいに暑いわね」