ソプラノの海
いつも僕はあの橋を渡って
君の元へと通っていた
袂に立派な桜があって
春にはしとやかな散り桜に夢見心地で
梅雨にはしっとりとした緑に胸温められながら
あどけない声色はこの胸をとろけさせた
仄かに哀しげなイントロのソプラノ
瞬く間にこの胸の最深部まで届いて
歳が離れてるのが大きかったのかな
それともやっぱり君だったから?
こんなにも幼いんだねって
護りたい気持ち溢れたけれど
1人夜へと遠のく足音を
止めることはできなかった
叶うことなら君とともに夜に沈んで
明け方へと向かう黎明
愛を確かなものにしたかったけれど
口を開けば容易い軽口に流れてしまう
そんな体たらくで夢物語
逢いはしたものの君が体調不良で
2人天井を眺めた薄暗い昼下がり
"どうしてこんな人生になっちゃったんだろう…"ー
あの日の君の虚ろな言葉は
今でも僕を責め立てる
大きくも小さくもない胸の
その奥深くに秘められた琴線
何度衣服をはだけても
胸は頑なに閉じられたままで
うっすらと翳った瞳の底は見えなくて
それなのにスタッカートのように軽快な笑みに
僕は流されるままに酔い続けて
君の心が開かれることはない
そう悟った初夏のあの
物哀しい小雨の昼下がり
君の最後の儚げな会釈が甦ると
この胸は身悶えするほどに狂おしくなる
またあのか弱い声色の海へと沈みたい
いっときの夢にすぎなかったとしても
その胸が固く閉ざされていたとしても
甘く切ないソプラノの響きを
僕はこの胸でしかと抱いていた