天上の恋を仰ぎ見ながら
その日僕たちは、ベッドに2人仰向けになり、天井を見るようにして語り合っていた。と言うよりも実際には、絶え間ない彼女の語りに、僕が相槌を打っている感じだったのだけれど。
"ときどき思うんですよね。どうしてこんな人生になっちゃったんだろう…って"ー
彼女はその日体調を崩していて、グッタリとしていた。でもそのせいかその日彼女は、いつものあどけないトーンとはまた違う、アンニュイで儚げなトーンを纏っていた。そんな中その呟きは、放たれた後もなお、あたかも部屋を靄(もや)のような何かで覆っているかのようだった。久方ぶりに降りた沈黙も合わさり、僕はなんだか厳粛な心持ちになった。そしてそれは、他でもなく僕の言葉を待っていた。
"僕も、時折そんなことを考えることがある。でもその度に思うんだ。この人もあの人も、みな、この人生じゃなけりゃ出逢えていなかった人たちなんだってことを"そして言うー"だからこそ〇〇も、僕に出逢えた"と、ニッと笑いながら。
別れて久しいいま振り返ると、時空のさなかに僕のセリフは浮いているよう。彼にとって僕はただの、彼女の前を通り過ぎていった数多の男の1人に過ぎないのだから。
けれどなんだか、このいまその事実すらも甘い。僕は彼女に忘れられる。そのことを、忘れてくれる、とすら思う。感謝すら込めつつ。
当たり前だけれど、彼女はいまも彼女の人生を生きている。そして僕も、僕自身の人生を生きている。もう永遠に交わることのない彼女という存在への、片想いを通り過ぎた、ささやかでどこか悠然とした想い。
一方通行の想いは風のように軽くて、気楽で、ほんのりとした物哀しさとて遥かな夏風に溶けてゆく。いったい幾度の片想いを重ねれば、両想いの女(ひと)に出逢えるのかとも思うのだけど、こればっかりは天に任せるしかない。
そんなことを思いながら、そのじつ僕は室内にいて、エアコンのひんやりとした風に憩っている。少なくともアパートという、快適きわまりない子宮のような場所から夢に焦がれ続けることのできる、幸福。とはいえ、夢を見るには心のゆとりがいる。気分転換は必須だ。
諸々の利器に取り囲まれて、僕は明日へと泳いでいく。でもまだまだスマホもPayPayなんかも使いこなせていないなぁ、よしっ、もっともっと快適に生きてやろう!と、天上の恋を仰ぎ見ながら、とりあえずは世俗にまみれた希望を見据えるという、当座のやりくりで。