ポエム
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憧れの人
46歳なのに、65歳の人くらいにほうれい線が深くて、作業する折手がいつも少し震えている―彼はそんな人だった。

特別優しいとか、そんなことはなかったけれど、いつも淡々として和やかな自然体の人で、僕はそんな彼に親近感を持っていた。彼は自分の境遇に悲観している素振りを一切見せなかったし、なにより今に自足している風で、そんな彼の在り方が、僕にはとてもクールに見えたものだった。

こんな言い方はなんだけど、それこそ大人の男のするような作業じゃなかった。それを震える手で黙々とこなし、昼休みにはいつもフランクフルトを実に美味しそうに頬張っていた。

前の職場が潰れたことを聞いたのは、ほんの2週間ほど前のこと。そのときに真っ先に考えたのは、50になっているだろう彼が、今どこで何をしているのだろうかということだった。願わくば、あの自然体のままでいられる職場に恵まれていることを。

逞しい中年もいいけれど、彼のような中年もいいなぁと思う。いや、彼のような中年こそいいのだと、いま僕は思っている―たとえば小説家や経営者なんかよりも、ほかでもなく彼にこそ憧れている自分がいる。

日々に満ち足りて在る、小さな悦びを知っている男。僕もそんな中年になれるだろうか。

外面的にはてんで成功できなかった人生だけど、その分内面的になれるチャンスを頂けたのだと、この今なぜだか心から思える。
23/10/15 14:55更新 / はちみつ



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