僕が一人の友人を失うまで

 高校に入学してから数週間経って、ある程度、校舎の構造を覚えてきた頃の昼休みのことである。僕は英語科に呼ばれ、先生に是非テニス部に入ってほしい、と懇願された。先生は僕が中学生の時に県大会に出場していたことを知っていたのだ。県大会に出場といっても、僕はそれほどテニスが上手いとは思っていなかった。事実、県大会は全て一回戦で敗退していた。

 それにテニスが好きというわけではないのだ。中学では部活動が義務であり、テニス部は消去法で選んだものに過ぎない。サッカー部、野球部、バスケ部は小学校からの継続入部がほとんどで、なぜか血気盛んな人が多く、その時点で内向的な僕には難しかった。反対に卓球部、バレー部は陰気な人が多く、ジメジメとした環境は足を踏み入れるのを躊躇させた。美術部と器楽部はなんだか専門性が高そうで、中にいる人も肌が白く、鼻が高く見え、庶民派の僕には遠い世界に思えた。最後に残ったのがテニス部で、結局そこで三年間遊んでいた。

 僕は先生の誘いを断った。惰性で高校でもテニスを続けるつもりはなかったのだ。僕は個人の活動について、人に言われた通りに行動することが嫌いだ。

 他人を軸に置いた行動は自分に責任がないという点で気楽だが、そこには最大の自由が、つまり志向性をもった者として喜びがない。それはひどく歪な人間のあり方だ。

 自分の時間、自分の人生、心から望むことをせずに、一体何をすれば良いというのだ。

 そのようなことを丁寧に伝えると、先生はせめて見学だけは来てくれとおっしゃった。僕はその熱意を押し返すことができずにしぶしぶ了承した。

 放課後、旧棟の裏にある四面テニスコートに向かうと、そこには中学の時に仲が良かった先輩がいた。

「おっ、モモセじゃん、久しぶり、お前もテニス部に入るのか?」
「入部するつもりはありませんよ。ただ、先生が見学だけでもしてくれって言うから来たわけであって」

 先輩は僕の性格を知っていたのでその言葉に納得した様子だった。まあ、お前はやらんよなァ、なんて呟いて乱打に参加してしまった。制服姿の僕は練習に参加することもできず、部長らしき人にベンチに案内され、そこで、いつまでここにいればいいんだろう、と時計を眺めていた。

 しばらくしてもう一人の入部希望者が来た。彼女も僕と同じようにユニフォームもラケットもシューズも持っていないらしく、僕の座っている隣のベンチに放置され、先輩たちがぱこんぱこんと軽快な音を立てながらボールを打ち合っているのを木像の如く静かに見つめていた。

 僕は退屈で仕方なく、失礼だなと思いながらも、腕を組んで、ちらちらと彼女を横目で盗み見ていた。

 透明、と評するのが適切であろうか。清潔感がある、美人だ、とは違うのだ。不思議なことにその言葉以外結びつかなかった。まるでそこに存在しないかのように、あるいは彼女の体を通り抜けて奥の景色が見えてしまいそうなほどに薄く思えた。

 大抵の人は、それが正しいかどうかは別として、真面目そう、優しそう、冷たそうなど何らかのイメージが浮かび上がるものだ。しかし彼女にはそれがなかった。全く色がないのだ。不気味なほどに。

 僕は俄然興味を惹かれた。底の知れないモノに果敢に挑戦するのは高校生の感性としてはそれほど間違ったものではないと思う。たとえそれが待ち時間の飽きを紛らわすために脳が無意識に作り出した幻想だとしても、春の陽気にあてられて脳がほのぼのと馬鹿になった結果の解析の失敗によるものだとしても、とりあえず僕は彼女に話しかけてみることにした。

 僕はベンチから立ち
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