その二

う気持ちになった。「僕はあまり理系の本は読まないけ
どね」と本好きななので彼は自分の好きな本のことを喋り出し
た。「時代小説なら読むんだ。山岡荘八とか吉川英治とかね。
吉川英治文庫の宮本武蔵が、大好きで、寝るのも惜しんで何度
読み返したかもしれないよ」。三人で本の話でもしていたのか、
貢が「俺はキルケゴールとニーチェが好きなんだ。キルケゴー
ルの「あれか、これか」って考え方がユニークで面白しろいよ」、
と自慢顔で、哲学ってすごいよなと言った。それを遮るよよう
に「俺だって、親鸞の「歎異鈔」っていう難しい本を読んだこ
と、あるぞ」と俊一が口をはさんだ。「僕はどちらかというと
純文学が好きだな」とぼそりと、小さな声で耕治が言った。「太
宰とか三島が好きだけど、やはり、三島由紀夫の「午後の曳航」
が一番かな」。黙って三人の話しを聞き続けている透は、早く
自分の本の続きを読みたくなっていた。高校生の男子にしては
優しそうな、もしくはひ弱そうなその雰囲気が、自分と共通し
ているように感じられて、そこから逃れたくなったのだ。僕は
本の虫みたいな人間ではなく、明るく逞しい人間になりたいん
だ、強い人間になりたいんだと思いながら、透はその三人の大
人しそうなのっぺりとした顔を順に見廻して行った。そんな透
の気配を感じ取ったのか、「こんな本も今度読んでみたいな、
高校に入ったことだしね、はい」と俊一が本を変え下のを合図
のように、三人は自分たちの机の方へと離れて行ってしまった。
高校生にもなると、新しいのクラスでも、それぞれに運動の興
味があるグループ、音楽の好きなやつ、おしゃれに関心のあり
そうなやつと小さなグループに分かれ、それに勉強のために教
科書を開いていたり、本を読んでいたりとにばらばらだった。
中学の新入学のときのように、大きな輪でみんながスポーツに
ついて楽しそうに言い合うのでないのに、透は安心していた。
みんなが一緒に同じことに興味を持って、おなじ方向にいくに
にはどうしても違和感を感じてしまう、透にはその方が心地よ
かった。高校生になって、少しは大人になっているのかなと、
思うと誇らしい気持ちになった。もう休み時間も終わりかなと
思っていると、やあ、一人で何を読んでいるんだよと、悪そう
印象を持っていた二人組が声を掛けてきた。頑丈な体つきの睦
と、白い膨れた風船のようなその顔いっばいに変色したあばた
が浮かんでいた、そこにいつもくっついているお調子者の和人
だった。そんな本ばかり読んでないで、少し話をしようぜと、
あばた顔を歪めるように笑みを浮かべて睦が顔を近づけてきた。
「そうだんよ。一人で本ばかり読んでいても、つまらないだろ
う」相槌を打つような調子で、和人が言う。何をしたいのか分
からなくと、透が二人の顔を見つめていると、ちょっとと、和、
人が腕をつかむので、透は立ち上がった。教室の隅、後ろの出
入り口の反対側、窓際に三人は来た。透が壁を背にして、睦と
和人がその前をふさぐような格好になった。一人でいてもつま
らないだろうから、仲良くしようよ、睦の方が透の肩に手を回
してきた。透からは教室全体が見せて、机に腰を掛けて話して
いるグリープや楽しそうに笑い声を上げている女子の集団が目
に入った。せっかく、同じクラスになったんだから、仲良くし
ないとなと和人が言うのを、透はきっと僕たち三人はクラスの
みんなからは見えないに違いないと思いながら聞いてい
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