黒田翔1

俺は、昔から期待されて生きてきた。
それは光栄なことだし、嬉しいことだ。
でも、俺はこれっぽっちも幸せだと感じたことはなかった。

「あなたには、将来がある。」

「お前は、父さんたちの自慢の子だ。」

両親からそう言ってもらえるのは、素直に嬉しかった。
でも、窮屈で、退屈で。
俺が俺でいられる時間は、たった一つだった。

「兄ちゃんっ」

カゲは、いつだって俺を1人の兄ちゃんとして見てくれた。
後ろをひょこひょこついてくるカゲは、いつからか大人になって。

―――――――――――――――――――――――

「兄貴?何してんだよ。風邪ひくぞ。」

夜、目が覚めてなんとなくベランダで星を見てた時。
カゲが寝癖だらけで、眠そうに近寄ってきた。
手には、2つのマグカップ。

「ほい。コーヒー。」

いつの間にか、俺を抜いた身長。
凛々しくなった顔。
俺の知る弟は、そこにはいなかった。

「サンキューな、カゲ。」

「ん。……眠れねぇの?」

そう聞いてコーヒーを飲むカゲから、顔を逸らす。
それは、コーヒーを飲もうとしたのか、過去から目を逸らしたかったのか。
どちらにせよ、カゲを見られなかったことは確かだった。

「そういうわけじゃないよ。」

「ま、なんでもいいけどさ。さっさと寝ろよ生徒会長さん。」

「…………なぁ、カゲ。」

あ?
そう言って振り返った、俺の弟。
俺は、そっと拳を握りしめた。

「…俺は、昔からお前に勝てないままだな。」

「………は?いや、人生負け組の人間に何言っちゃってんの兄貴。」

ただの嫌味ですけど。
そう言ったカゲが、心底嫌そうな顔をする。
……勝てないよ。お前には。
本当に大事な、大切なところは全然勝てないままだ。

「俺、零ちゃんが好きなんだよ。」

「……へ?」

その瞬間だけ、時が止まった気がした。
カゲは、目を見開いて口を開けたまま固まってて。
場違いにも、俺は少し笑った。
15/08/26 22:12更新 / とくとく
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