8.雑談のようなモノ
翌日。
まだいくつか疑問が残るが、とりあえずは入部届を提出した夜坂。
北川の方はというと手元の本に目を落としている。
二人とも教室では意図的に接するつもりはないようで。
しかし既に、北川と夜坂は仲は良いというイメージをクラスメートから持たれているのも事実である。
実際この日夜坂は、こんなことを頼まれた。
「なあ夜坂ー」
「何だよ?加藤」
「今度、北川さんに彼氏か好きな人いるか訊いてきてよ」
「何で俺がそれを訊きにいかねばならんのだ(笑)」
「頼むっ!オレにそんな度胸はない!」
「はいはいわかりましたよ訊けばいいんだろー」
「恩に着る!明日報告ヨロシク。あっ!くれぐれもオレのことは言わないでくれよ」
「はいはい。(……………面倒臭えな〜……)」
…やや笑顔がひきつっていたが。
「…どちらもいませんが。で、何故あなたがそんなことを訊きに来るのかしら。気味悪い」
「……そーいうと思いましたよー……ある人から依頼されたんだよ…」
昼休み。二人共不機嫌のようだが、これで仲良しと言われるのだから当人らからしたらたまったものではないだろう。
羨望の眼差しを二人に向ける人も、いない訳ではない。
「…そう言えば、今朝、昨日刷った新聞が配られたでしょう」
「ああ、そうだな」
「実はこの辺の欄は私が書いてるのよ」
北川が指さす小さな枠の中には、“風邪やインフルエンザに注意”という見出しがあった。
「そ、そうだったのか。…てっきり先輩辺りが書いてるのかと思った」
「まあこのように、誰がどの辺りを書くのかは大体決まっているわ。でも、ここの記事は誰が書いてるか、という情報は漏らさないでほしいの」
「そんなに知られたらまずいことなのか?」
「記事自体は“新聞部の誰か”が書いている…つまり、匿名で書けている、ということが重要なのよ。企業秘密、といったらわかりやすいかしら」
「わかった、けど、どうしてそこまで匿名に拘るんだよ?」
「………」
何故か突然黙った。
夜坂は急に不安を感じた。が、
「………ごめん。実は私、その辺の事情を知らないのよ。何度か先輩たちに訊いてみたけど、ものの見事にはぐらかされたわ」
「おい!」
その不安は何処かへ消えていった。
教室の外から聞き覚えのある声がした。
「椎名ちゃん…?珍しいね、昼にここに来るの」
「あ、大した用じゃないの。その…」
おどおどとした態度で話す姿は、昨日の落ち着いた様子とは全く異なるものであった。
「…教科書、貸してほしいの。…理科の」
「わかったわ。ちょっと待ってて」
北川は鞄の中を漁り始めた。
「それから…夜坂君だっけ?」
「?」
どうやら夜坂にも話があるらしい。
「その……だ、大佑先輩にあんな質問しないであげて」
「えっ?」
「あの人が…多分一番わかってるから…その…えっと…」
「はあ……?」
「あっ、気を抜いたら余計なことまで喋っちゃいそう」
「はい、教科書ー」
北川が理科の教科書を差し出す。
「ありがとう!あ、じゃあね。私は戻ります。ごめんね、夜坂君。さっきのことは忘れていいから…」
椎名は早足で教室へ戻っていった。
「…あなた、椎名ちゃんと何喋ってたの?」
「…俺もわからねえよ」
その直後、数瞬のみ二人の周りは静寂に包まれた。
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