ねこのみるゆめ。7.

『だって……私はもうすぐ死ぬから。』
そう言った松澤さんの顔は何かを決意したような顔で、
けれどどこか寂しそうで。

そんな松澤さんが俺より年下だなんて思えなくて、むしろ俺の方が年下に思えた。

こんな顔、今まで見たことなかった。

今まで、俺の前ではいつでも、こんなに暗くはなくて、
物静かだけど時に快活な。
大人のようで子供らしさを存分に残した…。
そんな感じだったのに。

いつも辛いことあっても決して弱音を吐かなかった松澤さんが。
そんな顔ができるなんて到底思っていなくて。

途方もない不安に駆られて、
ひたすらに、引き留めようとした。

『…っどうして車道の真ん中につっ立ってるんだよ!早く歩道に来いよ!
もし車が来たら………!』
『大丈夫です。』
『え?』
言われた一言に呆然とするしかなかった。

『もうすぐ、終わるんで、大丈夫です。』
先輩こそ、早く学校に行かないと、遅刻しますよ?
そう言って、俺を行かせようとする松澤さん。
けれど、そのまま流されてしまっては駄目だ、と本能が告げた。

『嫌だ。俺はここを離れない。
松澤さん、一緒に学校に行こう?
辛いことがあるなら誰かに相談すればいい。
先生でも友達でも…俺でもいい。
だから、間違っても死ぬなんて…
先輩命令だ。絶対に許さないからな。』
松澤さんは一瞬驚いた顔をして。
『相談しても、信じてくれる人なんて、誰もいませんよ……
それに、私がこの世界にいてもいなくても、何ら変わりはしません。』
松澤さんがある表情を殺そうとしているのが俺にはわかった。
深い深い、哀しみ。
それは、昨日までの松澤さんにはなかったもの。
なぜ、隠しきれなくなるまで。
『ほんっと……そんなになるまでなんでほっといた……?』
独り言のように、口から自然と出てしまった言葉。
『俺のこと、そんなに…信じられない?』
『そんなことありません!!けど、これだけは、駄目なんです…

…早く、学校に…ここから去ってください。
じゃないと、本当に、私………』
そう言ってうつ向いた松澤さんの腕を取ってしっかりと掴む。
途端に、何かに弾かれたかのように松澤さんは顔を上げた。
『いつまでもこの時間が続けばいいって言ってくれたのは、嘘だったのか?』
松澤さんは首を振った。
『でも…』
『ここで松澤さんが死んじゃったら、松澤さんが望んだあの時間はもう過ごせない。分かる?』
『分かりますけど…』
『じゃあ一緒に学校に行こう。』
『駄目なんです!!
運命の車輪は、もう動き出してるんです…
誰にも、止められないんです!!』
その台詞、どこかに思い当たる節がある。
まさか。
『洗脳とか、されてないよな?』
『何…ふざけたこと、言ってるんですか…私は正気です。
ともかく、もうここを離れてください…』
はぁ。ため息をつく。
『…あのなぁ。
松澤さんが勝手にそんなことしたらさ。』
『…何が言いたいんですか』
俺は松澤さんを軽く抱き締めて。

『悲しむ人だって、いるだろ?』
『…………!』
松澤さんは何も言わず、ただ俺の話を聞いていた。
『俺だってさ。
……後輩が自殺したなんて聞くの、嫌だぞ?
俺が話してて楽しいなって思える珍しい奴。
何も茶々を入れず真剣に俺の話を聞いててくれる貴重な人。
そんな人が急にいなくなったら、嫌だって、松澤さんにもわかるだろ?』
『じゃあ少しだけ、言ってもいいですか?』
松澤さんが少し棘のある声で言った。
『自分の好きな人が、目の前で死に行くのを見てしまい、
何回も時を遡ってその人を助けようとしても、
結局同じ結末しか導けなくて…
次へ
TOP 目次
投票 感想 メール登録
まろやか投稿小説 Ver1.53c