「お話」1.
「道をひたすらまっすぐ進んでいく。
車通りが比較的多く、あまり広くはないこの道。
それがいつもと違って閑散としていて、余計に不気味に思えた。
誰かが頭の中で「急げ」と言っている…気がする。
私は急いで自転車を走らせた。
この道をまっすぐ進めば、齋藤先輩の家が見えてくる。
特に理由はないけれど毎朝通ってる、いつもの道。
少し遠回りだけれど、なんとなく…
毎朝先輩の家の前を通るとき、
少し期待を膨らませていたものだけれど…
今、少しずつ膨らんでいくのは、
期待なんかじゃない。
不安。
何かに引っ張られるような感覚。
何かに急かされるような感覚。
こういう感覚がある時って大抵良いことがない。
だからきっと、私を引っ張って、急かしているその『何か』は、私にとって決して良いものじゃない。
最近少しだけ鋭くなった勘が、私にそう告げていた。
道が分かれて、少し幅が広くなった。
もう少しで、先輩の家の前。
通り過ぎれば、横断歩道を渡って左、後は道なりに行って学校……
頑張ったら、間に合うかな?
膨らむ不安と、学校に間に合うかもしれないというわずかな安堵に包まれた私は、ふと風の香りに違和感を感じる。
なんか…鉄臭い…?
……さっきも…この臭い…
もしかして、あの紅い車…?
ってことは…!
その臭いが流れて来る方向に目を凝らす。
そこに見えたものが。
…少し、信じがたくて。
『……え…?』
嘘だ
嘘だ
そんなはずは…
道の端の方に、邪魔にならないよう自転車を置いて、急いでそこに駆け寄った。
近づくごとに、強くなる鉄の匂い。
むせかえりそうなほどに、血の匂いが……
違う
違う
きっと違う
横断歩道のすぐ近くまで来て、
私は目の前の光景に息を飲んだ。
血で真っ赤に染まったアスファルト。
鏡のように、紅く空を映している。
車にぶつかった衝撃でだろうか?
へこんで壊れてしまったどこか見覚えのある自転車。
後ろにかごがついている。
…これって、まさか……
…そんな筈はない…
そう自分に言い聞かせてみるけれど。
血溜まりの中にいる、一人の人物を見て、
不安が確信に変わってしまった。
血溜まりの中にいたのは……
齋藤先輩だった。
…ねぇ。
これは……夢だよね。
私…寝ぼけてるのかな…?
まだ、夢を見てるのかな……?
ねぇ。
誰か。これを夢だと言ってよ。
でなきゃ、私は……………。」
ぼくに聞こえたのはそこまでだった。
飼い主さんは、しばらくなにも言わなかった。
うつむいたまま、一言も……
しばらくして、ふと顔をあげた飼い主さんは、ぼくに笑った。
「もう夜遅いし……寝ようか?」
そのやさしい笑顔は、まるで泣きそうになっているのを必死にこらえているような…そんな笑顔で。
ぼくは……コトバを持たないぼくは………
なぐさめることも、できなくて……
ただ、見ているしか、できなかったんだ。
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