22.

『…貴方がどうするべきか、貴方には分かりますか?』

ふと頭に響いたのは、シュニーの声だった。俺は静かに首を振った。
どうしていいかわからない。それが正直なところだ。
…けれど、松澤さんがこのままっていうのも嫌だ。このまま、松澤さんが立ち直れないで、いつまでもこうして、何かに囚われたように生きているのは、とにかく嫌だった。

『……貴方には、分かるでしょう?

何をすることが、少女にとって最善であるかを。
貴方には、わかるはずです。』
今日のシュニーの声はいつもと違って暖かく俺を包み込むような感じでいる。なのにそれでいてどこか冷たく、何かを諦めたような、そんな調子だ。

……俺が、すべきこと。
松澤さんを救うために、俺がすべきこと。

………最悪な手が、頭にふと浮かんだ。けれど、それはすぐに振り払ってしまった。
確かに最善かもしれない。…けれど。

俺は松澤さんをちら、と見た。
今は何か別なことをしているようだ。
…なんだか少し気になって、パソコンの画面を覗いてみた。

「……これは…」
……チャット?
…それも、アニメのなりきりチャット??
松澤さん、そういう趣味あったんだ……

…画面の中。
紺色の文字が、必死にオレンジ色の文字を励ましていた。

紺色の文字…男のキャラクターになりきった、松澤さんだ。

『…俺が話聞いてあげるから。
…それしか、俺にはできないけど。
話して、楽になるなら、俺に何でも話してよ。例えそれがどんな内容でも、俺は決して君を嫌ったりしない。
…俺は、君の力になりたいんだ。

…落ち込んで、元気ない君を、俺は見たくないよ。』

『…心配してくれてありがとう。でも、君に迷惑かけたくないから。』

『迷惑なんて思わないよ。
話したくなかったら話さなくてもいいけど…。
……何かあったら、ちゃんと俺に言ってね?』

……そう言って、松澤さんは努めて明るく振る舞った。けれど、それは、チャットだから、文字のやり取りでしかないから、そう見えるだけ。
チャットでは、誰かの心配をして、誰かの相談に乗ろうとしてるみたいだけれど、むしろ、話を聞いてほしいのも、相談に乗ってほしいのも、松澤さんの方じゃないかと、思ってしまう。
…ほら、また。

……また松澤さんはそうやって、辛そうな顔をする…。

『こんな俺を心配してくれる人がいるなんて思わなかった。…また、何かあったら、君に言うよ。ごめんね、ありがとう。』
『心配するのなんて当たり前だよ。だって、いくらネットだけでしか話したことなくても、俺たち友達でしょ?
友達の心配するのなんて、当たり前。』

そうやって、顔を見られることのない他人には強がって、でも、現実ではこうやって……

…泣いてるんだ。


『君も何かあったら言ってよ?
俺だけずっと相談に乗ってもらっても悪いしね…w』

その言葉を見た瞬間、松澤さんは少し驚いたみたいで。
色々と長い文章を打って、悩んでから、それを全て消した。

書いていたのは、俺のことだった。


『大丈夫w俺は悩みが無いのが悩みだからww
みんながここで楽しく過ごしてるなら俺もそれで幸せだし、いいのw
まぁでも、万が一何かあったら、その時は頼るから、よろしくね?』

結局松澤さんが送信したのは、相変わらず明るい文章だった。

…本当は、松澤さんだって、誰かに悩みを聞いてほしいはずなのに。誰かに全てのことを打ち明けて、楽になれたらって、きっとそう松澤さんは思ってる。だって現に、さっきもああやって、オレンジ色の誰かに、自分の話を聞いてもらおうとした。……けれど。


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