「お話」3.

「本当のことを言うと、どうしたらいいのか私にはわからなかった。
大怪我をして血を流し続ける先輩を見て、パニックに陥って。
止血の方法とかその他応急処置の方法なんて知らなくて。

だから、ひたすら泣くことしかできなくて。

先輩が死なないように、願うことしか、それしかできなくて……。



…何分ぐらいたったんだろう?
救急車のサイレンが辺りに響いた。

齋藤先輩の顔の前に手をかざしてみたら、息を感じられなくてとても焦った。
もっと手を近付けてみた。
鼻と手が触るぐらい近付けたら、ほんの微かに息を感じた。

……これっていわゆる、虫の息…?


救急車に乗っていた人達が先輩を手際よく車に乗せた。
その人たちから、私も一緒に乗るように言われた。




救急車に乗っている間、私はずっと放心状態だった。


どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
もしこんなこと起こらなかったなら、今頃私も先輩も授業を受けていて、放課後には部活でたくさん話せたのに。
どうして。

何も悪いことしてない先輩が。
どうして、殺されなくちゃいけないの……?

理不尽な世の中。
善が負け、悪が勝つ。
弱者は涙を流して悲しみ、強者は幸せを手に入れる。

弱者は、哀しみや苦しみの中でもがきながら生きていくしかないんだろうか…


……先輩。
どうして。
どうして先輩がそんな目に遭わなくちゃいけないの?

どうして。
この世には、死刑でも足りないぐらいの犯罪を犯したのに、まだ生きている人なんてたくさんいる。

それなのに。
なんで、何もしていないのに、先輩がこんな目に遭わせられないといけないの……?


頭に浮かぶのは、理不尽なこの世界に対する文句ばかり……。



病院に着くまでの時間がものすごく長く感じた。
やっと病院に着いたかと思えば、先輩はさっさと集中治療室に運ばれて、
残った私は、警察官と医者に、その時の状況を細かく説明していた。

私だって事故が起こった瞬間を見た訳じゃないからなんとも言えないけれど、ただひとつ確かなことは。

犯人は、まだ捕まっていないということ。

犯人の車のナンバープレートに書かれていた番号をまだ覚えていたので、警察官に伝えた。
そして私は、やっと解放された。


いつの間にか、先輩の家族も病院に来ていた。
あちらは私に気が付くとぺこぺこ頭を下げて、救急車を呼んでくれたから…とか、あなたがうちの子を見付けてくれたから……とか。
色々言われるうちに、なんだかげんなりしてきた。

みんな、悲しい空気に包まれていた。
そんな中、先輩の妹さんは一人、とても元気だった。
なんでそんなに元気なの?お兄ちゃんが心配じゃないの?
そう聞いてみれば。

『お兄ちゃんはきっと大丈夫!
だって、お姉さんが助けてくれたんでしょ?
なら、大丈夫だよ!
あれでもお兄ちゃんって、とても強いから!
こんな事で死んじゃったりしないもん!』

そう、元気に答えてきた。


それから…一時間ぐらいかな?
私は突然医者から呼ばれた。

ついていってみれば、そこには。
意識を取り戻した先輩がいた。

体はたくさんの包帯が巻き付けてあって。
その所々から、少し血が滲んでいて。

見るからに、痛々しい。

けれどそんな痛々しい見た目をした、傷だらけの先輩は、私を見て、微笑んだ。

『…松崎さん…。
ごめんな、迷惑かけて。』
いつもと同じ声で、先輩は私に謝った。」
13/09/29 18:00更新 / 美鈴*

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