16.
「ばーか、このホモ野郎っ!!」
あの後ずっと罵声っぽいものを飛ばしていた俺たち。
そう捨て台詞を残して山脇は去っていった。
ふぅ。
なんだろう、すごくスッキリした。
こういうの、久しぶりだったからかな。
これが「9日目」じゃなくていつもの平凡な日常の1コマだったならもっとよかったのに…。
紅く染まり始めた空を見つめながら、
何度となく思ったことをまた考える。
コン…コン。
少し遠慮したノックが部屋に響く。
「どうぞ入ってくださーい」
この時間帯に来るのは、大抵松澤さん。
だからこうやって、間の抜けた声で返事しても怒られることはない。
「こんにちは!」
入ってきた松澤さんは笑いを堪えているように見えた。
「…どったの?
山脇がなんかした?」
松澤さんが来たのは山脇が帰ってから数十秒後。
まぁ会っていてもおかしくはない。
「いやいや…
山脇先輩が、『あいつはホモだから近付くなよー』とかは確かに言ってましたが……」
あ、言ったんだ。
よーし、後で文句言ってやろ。
「…まぁそれ以外特に何があった訳ではありませんけどね……ただ…」
「…ただ?」
松澤さんは少し躊躇うように口をつぐんでから、ゆっくりと言った。
「ちゃんと先輩が部屋にいたっていうことが純粋に嬉しかっただけです。
なんか…先輩がどこかに行っちゃうんじゃないかって気がして…
だから…」
俺はベッドを叩く。
ここに座れっていう合図。
松澤さんは俺の隣にちょこんと座ると、不安そうに、
「もう…どこかに行ったりしませんよね……?」
そう俺に問いかけた。
うつむく松澤さんの頭をそっと撫でる。
「いつかはきっと、俺もどこか遠くにに行っちゃうよ。
けど今は、ここにいるからな。安心しろ。」
そう。いつかは。
明後日には、もう。
……俺が「どこかに行ってしまうこと」を松澤さんは勘づいてる。
だからこそ、不安なんだろう。
不安だったからこそ、俺がここにいたから安心できたんだろう。
もし俺がいなくなったら松澤さんはどうなる?
今でさえ、いつもは強気でいる松澤さんが弱音を吐いてる。
「…独りは、寂しいんで…
早く、戻ってきてください。」
慰めることも
元気付けることも
後の傷を多く、深くする原因にしかならない。
だから、どうすることもできない。
ただ、そばにいてやるしか……
「…山脇先輩も、みんなも、寂しがってますよ…」
ただそばにいることは辛いかもしれないけれど、
それは俺にできる最善のことだから。
シュニーの言っていた通り、
俺の力が少し弱くなっている。
けれど、そんなことは気付かなかった振りをして。
寂しそうに言葉を紡ぐ松澤さんを、そっと抱き締めていた。
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