その二
高校の入学式後は、透はもうあまり新しい友達を作る期待はし
ていなかった。新しいクラスでも今まで同じように友達はでき
ないだろうという気持ちが半分と、自分のことをまだ知らない
新入生同士なら、新しい友達関係を作れるかもしれないという、
中学の時と同じような期待、それぞれ半分ずつだった。小学校、
からの同級生の洋がまた、高一でも透と同じクラスになったが、
相手も特に話しかけて来なかったし、透のほうでも洋はどうで
もいいと思った。授業が終わって休憩時間になると、いつもに
やにやして、明るいだけが取り柄のような勝利が、「何をまた、
まじめに読んでいるんだ」とちょっかいを出してきた。訝るよ
うに見上げても、透が黙ったままで、勝利は透のその本を取り
上げて磁界と電流の関係?何ともつまらないものを見てしまっ
たというように、それを透の机の上に投げると、意味不明の、
自分自身に向けたような笑みを顔に浮かべて、行ってしまった。
中学時代と違って、教室のみんなが甲高い声で運動のことばか
りを話すというのがないのは透を安心させた。グループも数人
ずつiに分かれ、透と同じように一人机に向かっている人もいた
ので、透がが一人だけ浮いてしまうということもなかった。
それもいいものだなと思っていいると、ねえ、君はどこの中学
なのと、俊一と貢、耕治が話し
かけてきまた。三人とも
色白ののっぺりした顔をした高校生の男子にしては女性的な感
じを共通して漂わせていた。俊一がその細いすんなりと伸びた
手で、君っていつも本ばかり読んでるよねと、透から本を取り
上げた。磁界と電流の発明か、面白そうだねと言いながら、そ
の声は少しも興味がなさそうに聞こえ。その時、透は卒業式の
後の謝恩会で言われたことを思い出していた。本の世界から引
き戻された違和感がそれを思い出させたのかもしれない。
透が一人で教室の隅に立っていると、そのクラスの級長だった
哲雄が近づいてきたのだ。頭はそんなに良くなかったが、責任
感が強くて透から見ても級長が適任というタイプだった。おも
むろに哲雄はそう切り出したのだ。今でも透は鮮明に覚えてい
る、「透って人をある程度以内の距離に、けして入れないタイ
プだよな。大人しそうに見えるけど冷たい感じがしたよ」謝恩
会の場で、ずいぶんと場違いなことを言いだすやつだなと、そ
の顔を見たが、それだけいうと哲雄はまた、先生たちと談笑し
している仲間の輪に戻って行ってしまった。なにもわざわざ、
そんな分析を言って来なくともいいのにと、その輪を遠くから
眺めていると、担任がそこから抜け出して透の方に歩いて来た。
あの真面目なだけの級長にそんな人を観察する目があったのか
と驚いてしまったが、透は先生にはまた、にこにこした笑顔を
返した。「透、おまえは勉強が好きだから、高校に行ったら、
前途洋々だな」と透の方を叩く担任を、本当は哲雄とおなじ様
に自分のことを見ているのか、それとも単純で見えないのか、
見たくないことは無意識に見ないような習性なのかと見つめて
いた。謝恩会の雰囲気に、自分の一年間の苦労も報われた様に
感じているのか、嫌に元気に、担任は透の肩をもう一度、痛い
くらいに叩いた。「はい」と透は素直な、元気な声で答えた。
なぜか、担任の嬉しそうな顔が見たかったのだ。哲雄のほうが
きっと見る目があるんだなと、透は安心していた。
それを思い出して、透は俊一たちの話を少しは聞いてみようか
なという気持ちになった。「僕はあまり理系の本は読まないけ
どね」と本好きななので彼は自分の好きな本のことを喋り出し
た。「時代小説なら読むんだ。山岡荘八とか吉川英治とかね。
吉川英治文庫の宮本武蔵が、大好きで、寝るのも惜しんで何度
読み返したかもしれないよ」。三人で本の話でもしていたのか、
貢が「俺はキルケゴールとニーチェが好きなんだ。キルケゴー
ルの「あれか、これか」って考え方がユニークで面白しろいよ」、
と自慢顔で、哲学ってすごいよなと言った。それを遮るよよう
に「俺だって、親鸞の「歎異鈔」っていう難しい本を読んだこ
と、あるぞ」と俊一が口をはさんだ。「僕はどちらかというと
純文学が好きだな」とぼそりと、小さな声で耕治が言った。「太
宰とか三島が好きだけど、やはり、三島由紀夫の「午後の曳航」
が一番かな」。黙って三人の話しを聞き続けている透は、早く
自分の本の続きを読みたくなっていた。高校生の男子にしては
優しそうな、もしくはひ弱そうなその雰囲気が、自分と共通し
ているように感じられて、そこから逃れたくなったのだ。僕は
本の虫みたいな人間ではなく、明るく逞しい人間になりたいん
だ、強い人間になりたいんだと思いながら、透はその三人の大
人しそうなのっぺりとした顔を順に見廻して行った。そんな透
の気配を感じ取ったのか、「こんな本も今度読んでみたいな、
高校に入ったことだしね、はい」と俊一が本を変え下のを合図
のように、三人は自分たちの机の方へと離れて行ってしまった。
高校生にもなると、新しいのクラスでも、それぞれに運動の興
味があるグループ、音楽の好きなやつ、おしゃれに関心のあり
そうなやつと小さなグループに分かれ、それに勉強のために教
科書を開いていたり、本を読んでいたりとにばらばらだった。
中学の新入学のときのように、大きな輪でみんながスポーツに
ついて楽しそうに言い合うのでないのに、透は安心していた。
みんなが一緒に同じことに興味を持って、おなじ方向にいくに
にはどうしても違和感を感じてしまう、透にはその方が心地よ
かった。高校生になって、少しは大人になっているのかなと、
思うと誇らしい気持ちになった。もう休み時間も終わりかなと
思っていると、やあ、一人で何を読んでいるんだよと、悪そう
印象を持っていた二人組が声を掛けてきた。頑丈な体つきの睦
と、白い膨れた風船のようなその顔いっばいに変色したあばた
が浮かんでいた、そこにいつもくっついているお調子者の和人
だった。そんな本ばかり読んでないで、少し話をしようぜと、
あばた顔を歪めるように笑みを浮かべて睦が顔を近づけてきた。
「そうだんよ。一人で本ばかり読んでいても、つまらないだろ
う」相槌を打つような調子で、和人が言う。何をしたいのか分
からなくと、透が二人の顔を見つめていると、ちょっとと、和、
人が腕をつかむので、透は立ち上がった。教室の隅、後ろの出
入り口の反対側、窓際に三人は来た。透が壁を背にして、睦と
和人がその前をふさぐような格好になった。一人でいてもつま
らないだろうから、仲良くしようよ、睦の方が透の肩に手を回
してきた。透からは教室全体が見せて、机に腰を掛けて話して
いるグリープや楽しそうに笑い声を上げている女子の集団が目
に入った。せっかく、同じクラスになったんだから、仲良くし
ないとなと和人が言うのを、透はきっと僕たち三人はクラスの
みんなからは見えないに違いないと思いながら聞いていた。授
授業中には結構、発言もするのに休み時間になると一人で黙り
込んで、本ばかり読んでいてもつまらない、机にばかり座って
て、透は何を言いたいのか分からなかった。まどろっこしい言
い方をしている二人の目的が分からないのだ。きっと、三人は
透明になる羽衣を被ってしまったので、クラスの他の人からは
見えないのだろう。ねぇ、と和人が透の両肩を掴んで、壁に押。
しつけてきた。「さっきの英語の授業での、succesの意味、時
計ってのは爆笑だったよな」とつまらない透の返答をもう一度、
和人は持ち出してきた。変わっているよな、お前と、さらに壁
押しつけようとするので、透はその腹を一発殴っていた。始め
て触れる男の腹は学生服の上からでも柔らかかった。関係ねえ
だろうと逆に、透の方が和人を壁に押し付けていた。苦痛に歪
だ顔は、無理に笑顔を作っているように見え、そんな表情が顔、
に貼りついてしまったように思えた。驚いてクラスの視線が視
線が自分たちに向けられているのを透は感じていた。透明に変
わる羽衣は消えてしまったのだろう、まあ、いいだろうと、睦
のごつい指が透と和人を引き剥がしてくれた。馬鹿じゃない、
急にお前、?きになって、自由になった両肩のごみでも払うよ
うな仕草をしたかと思うと、和人は急に透の鳩尾に、その小さ
それでいて硬い拳を突き上げてきた。お返しだったのか、ううっ
と透はその場に疼くなってしまった。もう、いいだろう、来い
よと睦が和人になだめるようにいうのが聞こえた。何が言いた
かったのだろう、自分の机に戻って落ち着いてくると、透は他
人と近づくっくてのはこんなのかなと思った。先生が来ると教
室のざわめきは一気に消え、静かになった。授業の始めりを告
るその声を聞きながら、先生に管理されている授業中の方が休
み時間よりもずっといいなと透は思った。
ていなかった。新しいクラスでも今まで同じように友達はでき
ないだろうという気持ちが半分と、自分のことをまだ知らない
新入生同士なら、新しい友達関係を作れるかもしれないという、
中学の時と同じような期待、それぞれ半分ずつだった。小学校、
からの同級生の洋がまた、高一でも透と同じクラスになったが、
相手も特に話しかけて来なかったし、透のほうでも洋はどうで
もいいと思った。授業が終わって休憩時間になると、いつもに
やにやして、明るいだけが取り柄のような勝利が、「何をまた、
まじめに読んでいるんだ」とちょっかいを出してきた。訝るよ
うに見上げても、透が黙ったままで、勝利は透のその本を取り
上げて磁界と電流の関係?何ともつまらないものを見てしまっ
たというように、それを透の机の上に投げると、意味不明の、
自分自身に向けたような笑みを顔に浮かべて、行ってしまった。
中学時代と違って、教室のみんなが甲高い声で運動のことばか
りを話すというのがないのは透を安心させた。グループも数人
ずつiに分かれ、透と同じように一人机に向かっている人もいた
ので、透がが一人だけ浮いてしまうということもなかった。
それもいいものだなと思っていいると、ねえ、君はどこの中学
なのと、俊一と貢、耕治が話し
かけてきまた。三人とも
色白ののっぺりした顔をした高校生の男子にしては女性的な感
じを共通して漂わせていた。俊一がその細いすんなりと伸びた
手で、君っていつも本ばかり読んでるよねと、透から本を取り
上げた。磁界と電流の発明か、面白そうだねと言いながら、そ
の声は少しも興味がなさそうに聞こえ。その時、透は卒業式の
後の謝恩会で言われたことを思い出していた。本の世界から引
き戻された違和感がそれを思い出させたのかもしれない。
透が一人で教室の隅に立っていると、そのクラスの級長だった
哲雄が近づいてきたのだ。頭はそんなに良くなかったが、責任
感が強くて透から見ても級長が適任というタイプだった。おも
むろに哲雄はそう切り出したのだ。今でも透は鮮明に覚えてい
る、「透って人をある程度以内の距離に、けして入れないタイ
プだよな。大人しそうに見えるけど冷たい感じがしたよ」謝恩
会の場で、ずいぶんと場違いなことを言いだすやつだなと、そ
の顔を見たが、それだけいうと哲雄はまた、先生たちと談笑し
している仲間の輪に戻って行ってしまった。なにもわざわざ、
そんな分析を言って来なくともいいのにと、その輪を遠くから
眺めていると、担任がそこから抜け出して透の方に歩いて来た。
あの真面目なだけの級長にそんな人を観察する目があったのか
と驚いてしまったが、透は先生にはまた、にこにこした笑顔を
返した。「透、おまえは勉強が好きだから、高校に行ったら、
前途洋々だな」と透の方を叩く担任を、本当は哲雄とおなじ様
に自分のことを見ているのか、それとも単純で見えないのか、
見たくないことは無意識に見ないような習性なのかと見つめて
いた。謝恩会の雰囲気に、自分の一年間の苦労も報われた様に
感じているのか、嫌に元気に、担任は透の肩をもう一度、痛い
くらいに叩いた。「はい」と透は素直な、元気な声で答えた。
なぜか、担任の嬉しそうな顔が見たかったのだ。哲雄のほうが
きっと見る目があるんだなと、透は安心していた。
それを思い出して、透は俊一たちの話を少しは聞いてみようか
なという気持ちになった。「僕はあまり理系の本は読まないけ
どね」と本好きななので彼は自分の好きな本のことを喋り出し
た。「時代小説なら読むんだ。山岡荘八とか吉川英治とかね。
吉川英治文庫の宮本武蔵が、大好きで、寝るのも惜しんで何度
読み返したかもしれないよ」。三人で本の話でもしていたのか、
貢が「俺はキルケゴールとニーチェが好きなんだ。キルケゴー
ルの「あれか、これか」って考え方がユニークで面白しろいよ」、
と自慢顔で、哲学ってすごいよなと言った。それを遮るよよう
に「俺だって、親鸞の「歎異鈔」っていう難しい本を読んだこ
と、あるぞ」と俊一が口をはさんだ。「僕はどちらかというと
純文学が好きだな」とぼそりと、小さな声で耕治が言った。「太
宰とか三島が好きだけど、やはり、三島由紀夫の「午後の曳航」
が一番かな」。黙って三人の話しを聞き続けている透は、早く
自分の本の続きを読みたくなっていた。高校生の男子にしては
優しそうな、もしくはひ弱そうなその雰囲気が、自分と共通し
ているように感じられて、そこから逃れたくなったのだ。僕は
本の虫みたいな人間ではなく、明るく逞しい人間になりたいん
だ、強い人間になりたいんだと思いながら、透はその三人の大
人しそうなのっぺりとした顔を順に見廻して行った。そんな透
の気配を感じ取ったのか、「こんな本も今度読んでみたいな、
高校に入ったことだしね、はい」と俊一が本を変え下のを合図
のように、三人は自分たちの机の方へと離れて行ってしまった。
高校生にもなると、新しいのクラスでも、それぞれに運動の興
味があるグループ、音楽の好きなやつ、おしゃれに関心のあり
そうなやつと小さなグループに分かれ、それに勉強のために教
科書を開いていたり、本を読んでいたりとにばらばらだった。
中学の新入学のときのように、大きな輪でみんながスポーツに
ついて楽しそうに言い合うのでないのに、透は安心していた。
みんなが一緒に同じことに興味を持って、おなじ方向にいくに
にはどうしても違和感を感じてしまう、透にはその方が心地よ
かった。高校生になって、少しは大人になっているのかなと、
思うと誇らしい気持ちになった。もう休み時間も終わりかなと
思っていると、やあ、一人で何を読んでいるんだよと、悪そう
印象を持っていた二人組が声を掛けてきた。頑丈な体つきの睦
と、白い膨れた風船のようなその顔いっばいに変色したあばた
が浮かんでいた、そこにいつもくっついているお調子者の和人
だった。そんな本ばかり読んでないで、少し話をしようぜと、
あばた顔を歪めるように笑みを浮かべて睦が顔を近づけてきた。
「そうだんよ。一人で本ばかり読んでいても、つまらないだろ
う」相槌を打つような調子で、和人が言う。何をしたいのか分
からなくと、透が二人の顔を見つめていると、ちょっとと、和、
人が腕をつかむので、透は立ち上がった。教室の隅、後ろの出
入り口の反対側、窓際に三人は来た。透が壁を背にして、睦と
和人がその前をふさぐような格好になった。一人でいてもつま
らないだろうから、仲良くしようよ、睦の方が透の肩に手を回
してきた。透からは教室全体が見せて、机に腰を掛けて話して
いるグリープや楽しそうに笑い声を上げている女子の集団が目
に入った。せっかく、同じクラスになったんだから、仲良くし
ないとなと和人が言うのを、透はきっと僕たち三人はクラスの
みんなからは見えないに違いないと思いながら聞いていた。授
授業中には結構、発言もするのに休み時間になると一人で黙り
込んで、本ばかり読んでいてもつまらない、机にばかり座って
て、透は何を言いたいのか分からなかった。まどろっこしい言
い方をしている二人の目的が分からないのだ。きっと、三人は
透明になる羽衣を被ってしまったので、クラスの他の人からは
見えないのだろう。ねぇ、と和人が透の両肩を掴んで、壁に押。
しつけてきた。「さっきの英語の授業での、succesの意味、時
計ってのは爆笑だったよな」とつまらない透の返答をもう一度、
和人は持ち出してきた。変わっているよな、お前と、さらに壁
押しつけようとするので、透はその腹を一発殴っていた。始め
て触れる男の腹は学生服の上からでも柔らかかった。関係ねえ
だろうと逆に、透の方が和人を壁に押し付けていた。苦痛に歪
だ顔は、無理に笑顔を作っているように見え、そんな表情が顔、
に貼りついてしまったように思えた。驚いてクラスの視線が視
線が自分たちに向けられているのを透は感じていた。透明に変
わる羽衣は消えてしまったのだろう、まあ、いいだろうと、睦
のごつい指が透と和人を引き剥がしてくれた。馬鹿じゃない、
急にお前、?きになって、自由になった両肩のごみでも払うよ
うな仕草をしたかと思うと、和人は急に透の鳩尾に、その小さ
それでいて硬い拳を突き上げてきた。お返しだったのか、ううっ
と透はその場に疼くなってしまった。もう、いいだろう、来い
よと睦が和人になだめるようにいうのが聞こえた。何が言いた
かったのだろう、自分の机に戻って落ち着いてくると、透は他
人と近づくっくてのはこんなのかなと思った。先生が来ると教
室のざわめきは一気に消え、静かになった。授業の始めりを告
るその声を聞きながら、先生に管理されている授業中の方が休
み時間よりもずっといいなと透は思った。
14/06/03 01:24更新 / あきら