連載小説
[TOP][目次]
その一
恐い国語の授業が終わって1年1組は華やいだ雰囲気になった。
入学して間もない新中学1年生にとって、新しいクラスメート
がどんな人達なのか、手探りと期待からちょっぴり緊張感のあ
る休憩時間だった。それぞれが出身長学校別にグループを作り、
その間でまた違うグループ同士が話し出すという感じで、話の
輪が教室全体に拡がっていった。おしゃべりな洋が話の中心に
なって、女の子の話をし出した。「あそこの百合子ってかわい
いよな」とこれも同じように女子同士でグリープを作っている
じ小学校出身の竹一がその痩せた頬を輝かせながら、続けた。
「小学校のときは、児童浣腸をしていたし、それに」と間をお
いてから「足が細くて、とてもきれいなんだ。それに、足も速
いし」羨ましそうに百合子の方をちらりと見た。そのグループ
ないようにその姿を覗き見、その端に入るか入らないかの所に
いた透も、同じようにそちらに顔を向けた。小学校のときに、
上手に友達を作れなかった透はなんとか、中学では親友を作り
たいと思っていた。新しい環境になり、また最初から友達関係
を作る機会ができると思うと、透の心にも少し希望というもの
が浮かんできた。「俺は野球部に入部しようと思うんだけど」
と逞しい腕をした、確かに運動神経の良さそうな進介がそう言っ
て、まわりを見廻した。運動の苦手な透は、少し離れたところ
で、どう反応していいか困ってしまった。「俺も野球部に入ろ
うかな」と竹一が言うと、「やっぱ、俺はサッカー部だな」と
一際大きな声で洋が、机に座って教科書の整理をしている太一
の腕を取った。「お前もそうだよな」と言うと、うんと太一は
頷いた。二人は透と同じ小学校で、ずっとサッカースクールに
通っている仲だった。克美が僕は卓球部でいいやと言うと、透
は洋が自分の方に話を向けてくるかなと思って、少し身構えた
が、横からそれまで黙っていた学が俺は剣道部にしようと思う
と割り込んで来たので、透は飛ばされる形になってしまった。
もっとも洋は小学校の頃から運動の苦手かな透のことなど無視
して、話を進めてしまったかもしれないが、少しその輪から離
れて位置していた透は、少しがっかりした。「話しかけてくれ
れば、僕もなにか言いたかったのに」と思った。竹一と同じ小
学校だという百合子の方をもう一度見て、透はかわいい子だな
とは思ったが、自分には無縁だなと同時に思わざる得なかった。
透は小学校時代、神経質というか、臆病というか、自分から積
極的に友達に話しかける方ではなかった。担任の先生も心配し
てくれて、休憩時間に一人でいる透に「透くんもみんなと遊ん
いらっしゃい」と声を掛けてくれたが、友達の輪のそばまでい
のだが、どうしてもだんだんとその輪から一人抜け落ちてしま
うのだった。一緒の遊ぼうと優しく声をかけてくれるクラスメ
ートもいたのだが、何人かで遊んでいて、「透、今度はおまえ
の番だよ」と、呼びつけにされ、荒い口調で言われると、びびっ
てしまい、次から輪の中に入れなくなった。苦労して友達の輪
の中に入るよりも1人で図書室で本でも読んでいる方がずっと
楽で、透は小学校では勉強はできたか、友達は一人もできなかっ
た。それで、中学校生活に期待をしていたのだ。もう一度、み
んなが同じスタートになることに、明るい未来が自分にも来る
ように感じていた。
洋と太一以外はここにいるメンバーは自分の小学校時代のこと
を知らないはずなのに、やはり、透はまた仲間に入っていけな
いのではという、諦めを感じてきた。小学校の時には臆病で、
弱虫だったので、それを克服したいと思っているのに、やはり、
性格は生まれつきだから治らないのかもしれないと思うと、暗
い気持ちになった。そうすると、今までの嫌なことばかりが頭
に浮かんできた。昼休みに校庭でサッカーをしていて、ミスば
している透に、「透、なにしてるんだよ」とやはり呼びつけに
時の、小柄で坊主頭なのに、目だけが異様に思えるほどの意志
の強さを見せる顔を思い出した。頭も悪い癖に、嫌みのある目
月だった。目の前で、「野球部の先輩は俺が少年野球をしてい
たときの先輩だからよくしっているんだ」と言う進介の声が、
透には遠くで聞こえるように気持ちがした。何かそれが自慢話
のようにも聞こえ、そうすると自分にもなにも自慢できるもの
はないなと不安になった。サッカークラブの先輩も、部活の先
輩にはいるよと、洋も言い出していた。
克美や学もきっと小学生時代から卓球や剣道をしていたに違い
ないと透には思えてきた。一人、竹一だけはその細い体つきや
間の抜けた様子から透と同じように小学校を過ごしてきたかも
しれないと思えたが、そう思うと一緒にされるのも嫌だなと思っ
てしまう、「俺、やっぱり運動部に入るのはやめようかな」と、
竹一が、調子を合せるように野球部と言ってしまったのを悔む
ように、ぽつりと言った。お前、小学校の時から運動オンチだ
ものなと、一緒の小学校だったらしい進介がそうからかった。
透はまた、その集団から距離をとって、よくそんなことが皆の
前で言えるなと、竹一のその顔を半分軽蔑したように見つめた。
透はその輪から一人離れて、机に戻ると、次の授業の教科書と
ノートを揃え始めていた。楽しそうにまだ、部活の話を続けて
いるその声が一段と弾んだように聞こえ、急に上がった全員で
声を揃えた笑い声が透の気持ちを冷たくしていた。透は次の数
学の授業の予習を始めることにした。
授業中に、透はふと先ほどの竹一のことが頭をよぎった。運動
が苦手なら自分から言われければいいのに、小学校のころにな
にも運動をしていないことを自分から喋ったら蔑まれるだろう
なんでそんなことを言うのだろうと思った。自分ならけっして
言い出さないと思うと、その姿が愚かに見えると同時に、その
無神経さが少し羨ましくも感じられた。それが強さのはずがな
いと急いで透はその間違った考えを打ち消した。
次の休憩時間、透は前のグループの輪に加わろうとはしなかっ
た。教室を見廻して、自分の入っていけそうなグループを探し
たが、小学校時代から苦手だなと思った、あの小柄な我の強そ
うな目つきをした少年や問うるが話したことのない同級生ばか
りだった。安全なグループはと見ていくと、3人で大人しく、
ほとんど表情も変えずに話し合っているグループがあった。笑
い声もなければ、零れるうように笑顔が弾けることもなく、ぼ
そぼそと話している様子だった。その暗い印象に、あそこに入
るなら、一人で休憩時間を過ごした方がいいなと透も思ってし
まった。自分があの3人とおなじ種類の人間だと見られるのが
嫌だった。明るい笑い声を上げるでもなく、じゃれつく様子も
なく、大人しくかたまっている姿は、何かじめじめとした陰鬱
な感じさえした。中学の図書室なら小学校の時とは違い多くの
本がありそうだから、昼休みの時間はそこで過ごそうと透は考
えていた。その時、「君はどの部活を考えいるの」と声を掛け
られた。小柄なだらしなく見える寝ぐせの経った男の子だった。
新しい学生服が大きすぎて、その下の身体との間に隙間があり
すぎる保持度にだぶついていた。痩せすぎの彼もグループでな
く、一人でいたからだろうか、透の視界に全く入っていなかっ
た。急だったので驚いてしまい、うんと返事を返してしまった。
しかし、ぎこちなく親しげな笑みを浮かべたその顔では、あま
にもはみ出した歯茎が鮮やか過ぎる紅色を誇っていた。何か、
一番向き合いたくない人がやってきた様な印象を透は受けた。
にこにこしながら、気弱そうな笑顔を浮かべているのを見ると、
そこに自分とおなじ匂いを嗅ぎ取り、意地悪な気持ちが湧きあ
がてきた。にこにこしながら透も、「僕は部活に入るつもりは
ないんだよ」と答えた。「そうなんだ、僕も君と」とその君と
というのを強調して相手は続けた。「僕も君と同じなんだけど、
お母さんが中学に行ったら、部活も入った方がいいよって言う
んだ。僕も勉強だけしているより、部活に入った方がやはりい、
いかなって思うんだけど、この中学、男子はほとんど運動部し
かないだろう。だから迷っているんだよ」その口どんどん喋り
続けていた。「友達関係をつくる勉強にもなるし、やはり部活
は大切だと先生方も行っているし」そう僕も思うからと言うの
を遮って、透は、僕ちょっと図書室に行く必要があるからと、
その話を止めさせてしまった。そうなんだとまた笑顔を見せる
と相手は、じゃまたねと言って、一人で机に戻ってしまった。
友達関係を学ためにも部活は入った方がいいよと言われるのが、
透は嫌だったのだ。もちろん、もう図書室に行っている時間な
なく、透も自分の机に一人座って、残りの時間を待っているし
かなかった。早く授業が始まらないかな、その方が落ち着くの
にと、教室中にこたましているように感じられた同級生の声か
ら逃れたくて、そう思った。
14/05/16 00:38更新 / あきら
次へ

TOP | RSS | 感想 | 目次 | メール登録

まろやか投稿小説 Ver1.53c