秘密の洋館へ御招待
「着いた…ね」
「ああ。…着いたけど」
私は目の前にそびえ立つ草色の古ぼけた洋館を眺めていた。
私こと若葉と、隣にいる私の友人の草太は、この洋館の主に呼ばれたのだ。
「2月14日の午後12時にこの門の前に集合って、主とやらは俺たちに何をさせたいんだろうな………ははっ」
草太は完全に怯えている。
こいつ、極度のビビリで高・閉・暗所と化け物の類い(犬含む)が大の苦手なのだ。
「心配だなあ…私たちもうすぐ中学生になるのに。そんなんじゃあ友達出来ないよ」
「ふん!そ、それくらい、お前の力を借りずとも乗り越えるさ!……多分」
こいつは私がいないと本当に何も出来ないのだ。それなのに、草太は強がる。
私は草太に聞こえない程度のため息をついた。
しばらくすると、私たち以外の男女の声が聞こえてきた。
「あれ?もしかしてあの子たちも俺らと一緒かな」
「あたしたち以外にも呼ばれていたの?」
多分年は私たちよりも上だろう。
人が来たことで更に怯え出す草太をよそに、私はその人たちに話しかけた。
「すいません、私はここの主に呼ばれてここにいるんです」
「そうなんだー、実は俺らも呼ばれたんだ。ここの主ってヤツにな」
私は少し安心する。
すると、突然閉まっていた門がギィィ…と音をたてて開いた。
草太はヒイッという情けない声を発し、私の方に寄ってくる。
ちなみに草太はビビリだが怖くて泣くことは絶対にない。
まあ、泣きつく、ということと似たようなことではあるが…
すると。
「…待っていたよ。私がここの主だ。さあ、お入りなさい」
真っ黒い、フード付きのマントを羽織り、そのフードを目深に被った人が、ハスキーで禍々しさをも感じる声を発する。
「面白い。なんだかワクワクするな!」
「行きましょうか!」
さっきの二人組は、さっさと洋館の中へ入っていった。
一方。
「草太ー、行こうよ。ねえ」
「もう帰りたい…」
「私がついてるから、大丈夫だよ。何かあったら草太を守ってあげるからさ」
「…本当か?」
「本当だよ。ね、行こ?」
「…わかった。若葉がそう言うなら」
これじゃあまるで幼い子どもをあやすかのようだ。
仕方ないのだ、まだ12歳の子どもなのだから。
私は草太の手を優しく握り、一緒に足を踏み出した。
「広いなあー…」
草色の壁に草色の床、草色の天井に草色と土色のインテリア。
それでいて自然な色ではない。
とても気味が悪い。
しかも一部屋が異様に広い。
そんな部屋がいくつもある。
案の定というか、もちろん草太は顔が引きつっている。
「一体俺たちはここで何すればいいんだろうな」
「あたしに訊かれても…あ!」
女の人の方が突然、何かを思い出したかのように声をあげる。
「ねえ君たち、名前はなんていうの?見たところあたしより年下かな?」
「私は若葉で、そっちで怯えているのが草太。年は…私が11で草太が12。6年生」
「そうなんだー、聞いた?浩夜」
「聞いたよ。あ、俺たちは中学生だけど、そんなに年は変わらんから敬語とかは勘弁してくれよ」
「う、うん……」
なんとか頷く。
「あたしが千帆で、そっちが浩夜よ。よろしくね、若葉ちゃん」
「よ、よろしく」
やや声が上ずってしまった…
「って、ほら、草太も挨拶しないとー!」
なんとか草太を挨拶させたところで、主の声がかかった。
「突然呼び出してすまないね。さて、本題に入ろう」
先程と全く同じ姿で現れた主。
草太なんかは恐怖で足がすくんでいるよう。
「今日から3日だけでいい。ここで4人で過ごせ。拒否権は無い」
「俺らが嫌、って言ったらどうするの?」
「はっ。この場でアンタたちを業火で炙って食べてあげるよ」
「なんだそりゃ」
浩夜は鼻で笑う。
浩夜の話はともかく、勝手に呼び出しといて拒否権は無いというのはあんまりではないだろうか…
「ただし、今からこの屋敷の敷地から1ミリたりとも外へ出てはいけない」
「ちょっと待てよ」
また浩夜が口を出す。
「そもそもなんでよりによって俺たちなんだよ?学校とか、俺たちにだって予定があるんだよ。なんでこんなことするんだ?」
「ひゃっひゃっひゃっ。お前たちでなければいけない理由はあるのさ。後学校については心配するな。理由は残念ながら教える訳にはいかないがな…」
「は〜〜〜〜もうわかったよ!3日間は帰りたくても帰れないんだろ!」
「わかればよろしい」
主は浅く頷き、私たちは私たちの住みかとなる部屋に案内された。
その日の晩。
今日は家の掃除や料理の手伝いなどで終わった。
隣では草太と浩夜がグースカと寝ている。
「これを3日後の正午までやってるのかな。それにしても疲れたよ」
「家中をキレイにしたから明日は休めると思うけどね」
「はは…」
この千帆との会話を最後に、意識が途絶えた。
目覚めたら、私は見慣れない部屋に、見慣れない枕と布団で寝ていた。
草色の壁に草色の床、草色の天井に草色と土色のインテリア。
それでいて自然な色ではない。
おかしいな、確かに自宅で寝ていたはずなのに。
ここはどこだろう、私はそう考えた。
あれ、隣にも誰かが眠っている。誰だろう。
そう考えた次の瞬間、
「あ、若葉ちゃん先に起きてたんだー、おはようっ♪」
どうしてこの女の人は私の名前を知っているのだろうか。
不思議で仕方がない。
どこかで見たような気もするが、わからない。
すると、もう2つの布団の中からも人が出てきた。
「おはよう、それにしても4人で泊まりなんてなんか妙だねー」
4人で泊まり?何を言っているのだろう。
しかし、それよりも衝撃的だったのが。
「若葉ー、おはよー」
どうして草太がここにいるのだろうか。
私は夢でも見ているのか。
すると、誰かが部屋の扉を開けた。
「起きたかい。よく眠れたようじゃな」
この人は誰だっただろうか。
「すまないが今日も清掃を頼むよ。また汚れてしまったものでね」
「「「はーい」」」
今日“も”とは一体どういうことだろうか。
3人が出ていった後、得体の知れぬ風貌の人が私に声をかける。
「若葉といったか。どうやら間違えて呼んだようじゃな… まあいい。アンタはここで寝る度に記憶を無くす。一時的に戻してやろう」
「わわっ!?」
私は淡い紫の光に包まれた。
その後、私はみんなと合流した。
後から聞いた話だが、私は2日目と3日目はこんな風に過ごしていたらしい。
4日目の朝6時。最終日の今日は自由に遊んでいいとのこと。
12時ジャストになるまで、私たちはいろんなことをした。
サッカー、テニス、トランプ、チェス…他にもいろいろした。
私はその合間に、草太に手紙を書くことにした。
大したことは書いてないが、何か私にとって悪い予感がするのだ。
赤色の便箋に入れて渡すと草太は喜んでくれた。
そして12時を迎えようとした。
私たちは早急に洋館を出た。
しばらくすると、洋館は跡形もなく消えてしまった。
私は時計を見る。午後12時だ。
「結局なんだったんだろうな。じゃ、俺たちは帰るわ。じゃあな、縁があったらまた会おうぜ」
「ばいばーい」
2人は名残惜しそうにしつつも笑顔で帰っていった。
「…私たちも行こうか」
私は草太に声をかけた。
「………ああ、うん、そうしようか………」
なぜかよそよそしい草太。
「帰ろっか……」
どういう訳か気まずい(?)雰囲気になる。
途中で別れたが、草太とほとんど話さなかった。
私は自宅(高層マンションの5階)に帰宅した。
親は帰っていなかった。
私は疲れが来て、ソファーの上で寝てしまった。
時間は午後5時を指す。
私は目覚めてふとテレビをつける。
すると、今日は2月14日だと言うのだ。
私は狐に化けられたのか、と考えると、電話がかかってきた。
「え?帰ってない?」
家の外にいた草太の母と話す。
なんでも、草太がまだ帰って来ていないらしい。
私は草太が家に帰るのを見た、というと…
「!!?」
突然、草太が目の前に現れたのだ。
「どうしたの?」
どうやら草太母には見えていないらしい。
「心当たりがあるので探して来ます」
そう言い、草太を連れてマンションに入った。
草太は何も喋らずに、ただ私に引っ張られているだけだ。
「ねえ、何か喋ってよ!!ねえ!!」
表情もほぼ変わらず、口は閉じたままだ。
(そうだ!)
私は名案を思い付き、エレベーターに乗り込む。
(ここなら…!)
私の家の玄関前に着く。
「ほら、草太の苦手な5階よ、…ねえ、何か反応してよ!!ねえ!!しっかりして!!」
しかし、何を言っても反応がない。
気づけば私は草太に抱きついて、泣いていた。
「一体どうしたの…ううっ」
私はどうしようもなくなり、ただ泣きじゃくるしかなかった。
すると、突然。
草太が消え、代わりに赤い便箋がその場に落ちた。
「これ…私が渡したものじゃん…」
中を開けて確認した。そこにはこう書かれていた。
草太へ
私はこの洋館に行くのが怖くて仕方なかった。
私は、草太は私がいないと何も出来ないって言ったけど
それは私も同じだった。
私の方が、草太がいないと出来ないことばかりだ。
ありがとう。
戻ったら、また一緒に遊ぼうね。
私の大好きな友達。
若葉
「これ…私が書いたやつ…あれ?」
よく見ると、手紙の裏に何かが書いてある。
私はその文字を読んだ。とても綺麗な字だった。
若葉へ
お手紙ありがとう。
気持ちはとても嬉しい。
でも、俺は行かなければならない。
多分あの洋館に呼ばれたのは
俺みたいな、もう死んだはずの人を
正しく導くためだったんだと思う。
俺、実は7歳のときに、心臓の病気で死んでいたんだ。
でもそんなことを忘れて現世に留まった。
大切な友達を悲しませたくなかったから。
あ、そうそう。
近い内に身内で俺の葬式をやると思うんだけど、
あんまり悲しい雰囲気にしないでほしいなあ、って。
まあ、それはさすがに無理だと思うけど、
せめて学校では、そうしてほしいなあ、と
ずいぶん無茶を言うようだけど、
そっちが悲しんでいたら、
俺まで悲しくなってきて、
そっちに戻ってきてしまうかもしれないしなあ。ハハハ。
後な、俺はこの手紙の中にいるから
会いたくなったらいつでも見てくれよ!
俺は、若葉が元気なら元気だからさ!
じゃあな!
草太
「…電話じゃないのよ、これは」
読み終わった第一声が、これだ。
私は草太のことを報告しようとマンションを出たが、草太母は既に帰ったようだった。
ある意味で人生最悪の訃報のはずなのに、思った程悲しさは溢れてこなかった。
悲しくない訳では決してないのだが、天国で元気にやっている姿を想像すると、笑いがこみあげてくる。
「…ばいばい」
自分でも聞き取れない程小さな声で呟き、
その目には涙が細く流れていた。
「ああ。…着いたけど」
私は目の前にそびえ立つ草色の古ぼけた洋館を眺めていた。
私こと若葉と、隣にいる私の友人の草太は、この洋館の主に呼ばれたのだ。
「2月14日の午後12時にこの門の前に集合って、主とやらは俺たちに何をさせたいんだろうな………ははっ」
草太は完全に怯えている。
こいつ、極度のビビリで高・閉・暗所と化け物の類い(犬含む)が大の苦手なのだ。
「心配だなあ…私たちもうすぐ中学生になるのに。そんなんじゃあ友達出来ないよ」
「ふん!そ、それくらい、お前の力を借りずとも乗り越えるさ!……多分」
こいつは私がいないと本当に何も出来ないのだ。それなのに、草太は強がる。
私は草太に聞こえない程度のため息をついた。
しばらくすると、私たち以外の男女の声が聞こえてきた。
「あれ?もしかしてあの子たちも俺らと一緒かな」
「あたしたち以外にも呼ばれていたの?」
多分年は私たちよりも上だろう。
人が来たことで更に怯え出す草太をよそに、私はその人たちに話しかけた。
「すいません、私はここの主に呼ばれてここにいるんです」
「そうなんだー、実は俺らも呼ばれたんだ。ここの主ってヤツにな」
私は少し安心する。
すると、突然閉まっていた門がギィィ…と音をたてて開いた。
草太はヒイッという情けない声を発し、私の方に寄ってくる。
ちなみに草太はビビリだが怖くて泣くことは絶対にない。
まあ、泣きつく、ということと似たようなことではあるが…
すると。
「…待っていたよ。私がここの主だ。さあ、お入りなさい」
真っ黒い、フード付きのマントを羽織り、そのフードを目深に被った人が、ハスキーで禍々しさをも感じる声を発する。
「面白い。なんだかワクワクするな!」
「行きましょうか!」
さっきの二人組は、さっさと洋館の中へ入っていった。
一方。
「草太ー、行こうよ。ねえ」
「もう帰りたい…」
「私がついてるから、大丈夫だよ。何かあったら草太を守ってあげるからさ」
「…本当か?」
「本当だよ。ね、行こ?」
「…わかった。若葉がそう言うなら」
これじゃあまるで幼い子どもをあやすかのようだ。
仕方ないのだ、まだ12歳の子どもなのだから。
私は草太の手を優しく握り、一緒に足を踏み出した。
「広いなあー…」
草色の壁に草色の床、草色の天井に草色と土色のインテリア。
それでいて自然な色ではない。
とても気味が悪い。
しかも一部屋が異様に広い。
そんな部屋がいくつもある。
案の定というか、もちろん草太は顔が引きつっている。
「一体俺たちはここで何すればいいんだろうな」
「あたしに訊かれても…あ!」
女の人の方が突然、何かを思い出したかのように声をあげる。
「ねえ君たち、名前はなんていうの?見たところあたしより年下かな?」
「私は若葉で、そっちで怯えているのが草太。年は…私が11で草太が12。6年生」
「そうなんだー、聞いた?浩夜」
「聞いたよ。あ、俺たちは中学生だけど、そんなに年は変わらんから敬語とかは勘弁してくれよ」
「う、うん……」
なんとか頷く。
「あたしが千帆で、そっちが浩夜よ。よろしくね、若葉ちゃん」
「よ、よろしく」
やや声が上ずってしまった…
「って、ほら、草太も挨拶しないとー!」
なんとか草太を挨拶させたところで、主の声がかかった。
「突然呼び出してすまないね。さて、本題に入ろう」
先程と全く同じ姿で現れた主。
草太なんかは恐怖で足がすくんでいるよう。
「今日から3日だけでいい。ここで4人で過ごせ。拒否権は無い」
「俺らが嫌、って言ったらどうするの?」
「はっ。この場でアンタたちを業火で炙って食べてあげるよ」
「なんだそりゃ」
浩夜は鼻で笑う。
浩夜の話はともかく、勝手に呼び出しといて拒否権は無いというのはあんまりではないだろうか…
「ただし、今からこの屋敷の敷地から1ミリたりとも外へ出てはいけない」
「ちょっと待てよ」
また浩夜が口を出す。
「そもそもなんでよりによって俺たちなんだよ?学校とか、俺たちにだって予定があるんだよ。なんでこんなことするんだ?」
「ひゃっひゃっひゃっ。お前たちでなければいけない理由はあるのさ。後学校については心配するな。理由は残念ながら教える訳にはいかないがな…」
「は〜〜〜〜もうわかったよ!3日間は帰りたくても帰れないんだろ!」
「わかればよろしい」
主は浅く頷き、私たちは私たちの住みかとなる部屋に案内された。
その日の晩。
今日は家の掃除や料理の手伝いなどで終わった。
隣では草太と浩夜がグースカと寝ている。
「これを3日後の正午までやってるのかな。それにしても疲れたよ」
「家中をキレイにしたから明日は休めると思うけどね」
「はは…」
この千帆との会話を最後に、意識が途絶えた。
目覚めたら、私は見慣れない部屋に、見慣れない枕と布団で寝ていた。
草色の壁に草色の床、草色の天井に草色と土色のインテリア。
それでいて自然な色ではない。
おかしいな、確かに自宅で寝ていたはずなのに。
ここはどこだろう、私はそう考えた。
あれ、隣にも誰かが眠っている。誰だろう。
そう考えた次の瞬間、
「あ、若葉ちゃん先に起きてたんだー、おはようっ♪」
どうしてこの女の人は私の名前を知っているのだろうか。
不思議で仕方がない。
どこかで見たような気もするが、わからない。
すると、もう2つの布団の中からも人が出てきた。
「おはよう、それにしても4人で泊まりなんてなんか妙だねー」
4人で泊まり?何を言っているのだろう。
しかし、それよりも衝撃的だったのが。
「若葉ー、おはよー」
どうして草太がここにいるのだろうか。
私は夢でも見ているのか。
すると、誰かが部屋の扉を開けた。
「起きたかい。よく眠れたようじゃな」
この人は誰だっただろうか。
「すまないが今日も清掃を頼むよ。また汚れてしまったものでね」
「「「はーい」」」
今日“も”とは一体どういうことだろうか。
3人が出ていった後、得体の知れぬ風貌の人が私に声をかける。
「若葉といったか。どうやら間違えて呼んだようじゃな… まあいい。アンタはここで寝る度に記憶を無くす。一時的に戻してやろう」
「わわっ!?」
私は淡い紫の光に包まれた。
その後、私はみんなと合流した。
後から聞いた話だが、私は2日目と3日目はこんな風に過ごしていたらしい。
4日目の朝6時。最終日の今日は自由に遊んでいいとのこと。
12時ジャストになるまで、私たちはいろんなことをした。
サッカー、テニス、トランプ、チェス…他にもいろいろした。
私はその合間に、草太に手紙を書くことにした。
大したことは書いてないが、何か私にとって悪い予感がするのだ。
赤色の便箋に入れて渡すと草太は喜んでくれた。
そして12時を迎えようとした。
私たちは早急に洋館を出た。
しばらくすると、洋館は跡形もなく消えてしまった。
私は時計を見る。午後12時だ。
「結局なんだったんだろうな。じゃ、俺たちは帰るわ。じゃあな、縁があったらまた会おうぜ」
「ばいばーい」
2人は名残惜しそうにしつつも笑顔で帰っていった。
「…私たちも行こうか」
私は草太に声をかけた。
「………ああ、うん、そうしようか………」
なぜかよそよそしい草太。
「帰ろっか……」
どういう訳か気まずい(?)雰囲気になる。
途中で別れたが、草太とほとんど話さなかった。
私は自宅(高層マンションの5階)に帰宅した。
親は帰っていなかった。
私は疲れが来て、ソファーの上で寝てしまった。
時間は午後5時を指す。
私は目覚めてふとテレビをつける。
すると、今日は2月14日だと言うのだ。
私は狐に化けられたのか、と考えると、電話がかかってきた。
「え?帰ってない?」
家の外にいた草太の母と話す。
なんでも、草太がまだ帰って来ていないらしい。
私は草太が家に帰るのを見た、というと…
「!!?」
突然、草太が目の前に現れたのだ。
「どうしたの?」
どうやら草太母には見えていないらしい。
「心当たりがあるので探して来ます」
そう言い、草太を連れてマンションに入った。
草太は何も喋らずに、ただ私に引っ張られているだけだ。
「ねえ、何か喋ってよ!!ねえ!!」
表情もほぼ変わらず、口は閉じたままだ。
(そうだ!)
私は名案を思い付き、エレベーターに乗り込む。
(ここなら…!)
私の家の玄関前に着く。
「ほら、草太の苦手な5階よ、…ねえ、何か反応してよ!!ねえ!!しっかりして!!」
しかし、何を言っても反応がない。
気づけば私は草太に抱きついて、泣いていた。
「一体どうしたの…ううっ」
私はどうしようもなくなり、ただ泣きじゃくるしかなかった。
すると、突然。
草太が消え、代わりに赤い便箋がその場に落ちた。
「これ…私が渡したものじゃん…」
中を開けて確認した。そこにはこう書かれていた。
草太へ
私はこの洋館に行くのが怖くて仕方なかった。
私は、草太は私がいないと何も出来ないって言ったけど
それは私も同じだった。
私の方が、草太がいないと出来ないことばかりだ。
ありがとう。
戻ったら、また一緒に遊ぼうね。
私の大好きな友達。
若葉
「これ…私が書いたやつ…あれ?」
よく見ると、手紙の裏に何かが書いてある。
私はその文字を読んだ。とても綺麗な字だった。
若葉へ
お手紙ありがとう。
気持ちはとても嬉しい。
でも、俺は行かなければならない。
多分あの洋館に呼ばれたのは
俺みたいな、もう死んだはずの人を
正しく導くためだったんだと思う。
俺、実は7歳のときに、心臓の病気で死んでいたんだ。
でもそんなことを忘れて現世に留まった。
大切な友達を悲しませたくなかったから。
あ、そうそう。
近い内に身内で俺の葬式をやると思うんだけど、
あんまり悲しい雰囲気にしないでほしいなあ、って。
まあ、それはさすがに無理だと思うけど、
せめて学校では、そうしてほしいなあ、と
ずいぶん無茶を言うようだけど、
そっちが悲しんでいたら、
俺まで悲しくなってきて、
そっちに戻ってきてしまうかもしれないしなあ。ハハハ。
後な、俺はこの手紙の中にいるから
会いたくなったらいつでも見てくれよ!
俺は、若葉が元気なら元気だからさ!
じゃあな!
草太
「…電話じゃないのよ、これは」
読み終わった第一声が、これだ。
私は草太のことを報告しようとマンションを出たが、草太母は既に帰ったようだった。
ある意味で人生最悪の訃報のはずなのに、思った程悲しさは溢れてこなかった。
悲しくない訳では決してないのだが、天国で元気にやっている姿を想像すると、笑いがこみあげてくる。
「…ばいばい」
自分でも聞き取れない程小さな声で呟き、
その目には涙が細く流れていた。
15/02/14 14:52更新 / 紅色ここあ