「お話」23.
「『松崎さん。』
優しい声でそう呼び掛けられて、あぁ、これは夢だとすぐにわかった。
だって。
『……松崎さん?』
こんな声で、こんな調子で話し掛けてくるのは、たった一人しかいないから。
そう……これも、夢なんだ。
そっと、目を開けた。
いつかどこかで見たことのある風景が広がった。
私の隣には、戸惑う齋藤先輩がいた。
いつもとは違って、すぐに手の届く距離にいた。
けれどそれが、むしろ怖かった。
いつもと違うってことが
悪いことを呼び寄せそうで、怖かった。
『…齋藤先輩……。』
そっと、名前を呼ぶと、先輩は私から目を背けてしまった。
ほら、まただ。前もこんなことあった。
心配しすぎるあまりに、目が離せなくなる。
けれどその心配が勘違いだと分かると、先輩はそっぽを向いてしまう。
…こんな訳のわからない恐怖なんて、心の底に隠しておくべき。
もう、先輩に心配なんてさせたくない。
今も、そしてもうないであろうこれからも。
悲しそうな顔なんて、してほしくない。
『…顔、見つめられるだけで何も言ってくれなかったから』
先輩が消え入りそうな声で呟いた。
『いつもなら、何か言ってくれるのに、何も言ってくれなかったから』
私は、黙って話を聞いていた。
『…名前、もう忘れられたのかと思った』
ふ、と私は笑みを浮かべた。
大切な人のことなんて、忘れる訳が無いじゃない。
『私が忘れるとでも思ったんですか?
私はそこまで忘れっぽくないですよ』
先輩は首を軽く振った。
『いつか忘れる時が来るよ…いつかは。』
『そんなこと…』
なぜかはわからないけれど、
ない、と言い切れなかった。
『いつか松崎さんに大切な人ができたら、きっと俺のことも忘れるさ。
…早く、忘れてくれよ?』
そう哀しそうに言った先輩。
けど、それは本心じゃない。だって。
覚えててくれって。
また巡り会うために、覚えててくれって。
そう言ってくれたはずなのに。
『忘れるべきなんだ、俺のこと』
そう言った先輩には、微かな決意の色が見えた。
『忘れるべきか否か。
それは、記憶の持ち主が決めることではないでしょうか?
記憶の中の人物にいくら忘れろと言われても、記憶の持ち主が思い出を失いたくないのならば。』
先輩は、顔をあげて私を見た。
『覚えていては、駄目なんですか?』
『けれどもし、覚えてることでその持ち主が辛い思いをするのならば。
一生苦しみ続けることになるのならば。』
先輩はまっすぐ私を見つめたまま言った。
『忘れてほしいと願うことは、勝手なことか?』
『辛くなんてない……。
忘れることの方が辛いと思うんですけど…』
『そのうち、忘れたことすら忘れてしまうさ、きっと。』
何か言おうとする私を手で制止して、先輩は立ち上がった。
『……もう、時間切れ。
これ以上は、もう許してくれないな。
はいこれ。』
そう言われて渡されたものは、小さく折り畳んだ紙が2つ。
それぞれ1と2の数字がふってある。
『これは…?』
『手紙を全部読んでくれ。
全部封筒に番号が振ってあるから、その順番に、全部。
全部読み終わったら1番を開いて。
絶対だ。これは全部読むまで開けるな。
…俺からの、最後の【先輩命令】
ちゃんと守れよ?
2番は開けずに俺のホルンのケースの中に入れておいてくれればいい
絶対に開けるなよ?』
『はい!』
でもどうして?
浮かんだ疑問は声に出さなかった。
『理由はそのうちわかる。
…じゃあこれで永遠のお別れかな。』
ひし、と抱き締められる。
白く染まり行く世界の中で
先輩が一言
『今までありがとう』
そう言ったのが聞こえた気がした。」
優しい声でそう呼び掛けられて、あぁ、これは夢だとすぐにわかった。
だって。
『……松崎さん?』
こんな声で、こんな調子で話し掛けてくるのは、たった一人しかいないから。
そう……これも、夢なんだ。
そっと、目を開けた。
いつかどこかで見たことのある風景が広がった。
私の隣には、戸惑う齋藤先輩がいた。
いつもとは違って、すぐに手の届く距離にいた。
けれどそれが、むしろ怖かった。
いつもと違うってことが
悪いことを呼び寄せそうで、怖かった。
『…齋藤先輩……。』
そっと、名前を呼ぶと、先輩は私から目を背けてしまった。
ほら、まただ。前もこんなことあった。
心配しすぎるあまりに、目が離せなくなる。
けれどその心配が勘違いだと分かると、先輩はそっぽを向いてしまう。
…こんな訳のわからない恐怖なんて、心の底に隠しておくべき。
もう、先輩に心配なんてさせたくない。
今も、そしてもうないであろうこれからも。
悲しそうな顔なんて、してほしくない。
『…顔、見つめられるだけで何も言ってくれなかったから』
先輩が消え入りそうな声で呟いた。
『いつもなら、何か言ってくれるのに、何も言ってくれなかったから』
私は、黙って話を聞いていた。
『…名前、もう忘れられたのかと思った』
ふ、と私は笑みを浮かべた。
大切な人のことなんて、忘れる訳が無いじゃない。
『私が忘れるとでも思ったんですか?
私はそこまで忘れっぽくないですよ』
先輩は首を軽く振った。
『いつか忘れる時が来るよ…いつかは。』
『そんなこと…』
なぜかはわからないけれど、
ない、と言い切れなかった。
『いつか松崎さんに大切な人ができたら、きっと俺のことも忘れるさ。
…早く、忘れてくれよ?』
そう哀しそうに言った先輩。
けど、それは本心じゃない。だって。
覚えててくれって。
また巡り会うために、覚えててくれって。
そう言ってくれたはずなのに。
『忘れるべきなんだ、俺のこと』
そう言った先輩には、微かな決意の色が見えた。
『忘れるべきか否か。
それは、記憶の持ち主が決めることではないでしょうか?
記憶の中の人物にいくら忘れろと言われても、記憶の持ち主が思い出を失いたくないのならば。』
先輩は、顔をあげて私を見た。
『覚えていては、駄目なんですか?』
『けれどもし、覚えてることでその持ち主が辛い思いをするのならば。
一生苦しみ続けることになるのならば。』
先輩はまっすぐ私を見つめたまま言った。
『忘れてほしいと願うことは、勝手なことか?』
『辛くなんてない……。
忘れることの方が辛いと思うんですけど…』
『そのうち、忘れたことすら忘れてしまうさ、きっと。』
何か言おうとする私を手で制止して、先輩は立ち上がった。
『……もう、時間切れ。
これ以上は、もう許してくれないな。
はいこれ。』
そう言われて渡されたものは、小さく折り畳んだ紙が2つ。
それぞれ1と2の数字がふってある。
『これは…?』
『手紙を全部読んでくれ。
全部封筒に番号が振ってあるから、その順番に、全部。
全部読み終わったら1番を開いて。
絶対だ。これは全部読むまで開けるな。
…俺からの、最後の【先輩命令】
ちゃんと守れよ?
2番は開けずに俺のホルンのケースの中に入れておいてくれればいい
絶対に開けるなよ?』
『はい!』
でもどうして?
浮かんだ疑問は声に出さなかった。
『理由はそのうちわかる。
…じゃあこれで永遠のお別れかな。』
ひし、と抱き締められる。
白く染まり行く世界の中で
先輩が一言
『今までありがとう』
そう言ったのが聞こえた気がした。」
14/07/06 04:19更新 / 美鈴*