起重機姫2〜サンライズリピーテッドリイ〜
『二階堂、きみももういい齢だ。そろそろ身を固めてはどうだね』勤めている田邊土建のデブ社長に同僚の小関との縁談を持ち掛けられ最初はその気がなくはぐらかしていた
だが、次第にゴツくて無口なアイツの実直さに惹かれはじめ 気がつくと婚約してた
それからというもの一気に 職場の♂どもが羨み嫉妬するようなラブラブっぷりに
「あのやろー、また姫から手作り弁当持ってきてもらったらしいぜ」「こないだは帰り道でキスしたんだとか」「これで遂に姫も中古品か、あああ 俺の人生まっくら」 などとしばらくの間♂たちの悲壮と怒号が尽きなかった
その日 あたしは最近の甘ったるい体験の数々にやけに浮かれていて落ち着かなかったのだ
イケネー、吊りの作業中は余分なことを考えちゃ事故のもと
頸をふって集中しようとしたが一瞬遅かった
急な突風がとつぜん吹いてきて 手元のレバー操作でリカバリーする間もなく 荷重物がクレーンの鍵から除ずれて甲板に落下 大騒ぎになった
アイツが偶然真下にいて下敷きになった
それから二週間がたった
婚約者を喪ったあたしは 自分の過失でアイツをコロシタという錯覚・自責・悔恨に苛なまれ
渦まき埋めく心の裂け傷から立ち直れずまったく出社できなかった
水辺に近づくのすら怖くてお酒に神経紛らしたりなどもして
ついに辞表書こうとペンをとったその日
家のそとが騒がしいのに気がついた
ええっなんだなんだ? まゆをひそめ窓を開けて驚いた
作業着姿の♀たちが家の外に押し掛けてきているのだ
その人数およそ百人ほど?
なかにはあたしのような精悍な婦人たちに混じって年配のおばちゃんや中学卒直後らしい童顔の子なんかもいる 「初さんや、重機の仕事やめないでくれよう」「私らみんな、紅一点土建作業のなかで男顔負けに輝いてるあんたに触発され、こん業界に入った後輩なんよ」「幸せになれるんならともかく挫折して消えていくあんたを私たちはみたくない!」 などとやたら姦しくってこれじゃボロアパートのまわりで近所迷惑この上ない
これってどこかの失礼なメディアかユーチューバーがあたしのことをこっそりツイートして情報ばら蒔いたケッカとかナニか?
おっかねーなァ いまどきの個人情報拡散のワナ
でも知らなかった
こんなに大勢あたしのうしろを歩いてくる人たちがいたなんて
あたしの存在はもうあたしだけのものじゃなくなってたんだなあ...
かくて元祖? 起重機姫ことあたしは意外と他愛なく復活し
今日も運河の水面のうえで♂たちに憎まれ口をたたきながら
安全で効率的な作業目指して労働の充足感に身を委ねる日々にもどったのである
ま、ありきたりなベタな展開で自分でも嗤っちゃうね でも
あの悲しい日々の前には知ることもなかった熟慮と慎重とかいう新しい経験スキルを手に入れて
さらなるつぎの称号『起重機姫同盟の 〜(ナントカ)』とか目指すあらたな毎日でさ
そうしてる間だけは
時々傍らにやって来て無言でこっちながめてるアイツのキンニクシツムキムキなぼーれーと 対等に対話できてる気がしている
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