ヤキソバ姫
『ホイホイっとな』
じゅわっ くっ しゃあああ
おそるべき手際だ
さすが焼きそば店の跡継ぎ娘
しろくてむくな麺達を鉄板上で儘に游がせ 薄めの脂で暖め程よく熱篭ってきたら 一気にかえす寄せてはかえすくりかえす
『温度加減と返す気合が大事なの』
柚瑠璃は両手を術らせながら語りだす『気合よ気合、味姫屋の秘伝のわざのひとつ』
ホイホイと還したり押えたり揉んだり まるでマジュツシだ
お使いで一家分買いにきた潤一は
鉄板にかおちかづけて食い入った
『危ないなやけどするから離れて』こういう時のおねえは怖い
『ねえねえ、いつものおじちゃんは?』カウンターからかおあげて訊くと炒めながら柚瑠璃は眉をひそめる
『火傷で入院しちゃっててね、あたしが夜だけピンチヒッター、でも腕と味は父さんのお墨付きだよ』
そのあと潤一は店を継ぐのかって訊いてみた
柚瑠璃は濃厚ソースを豪快にブッカケながら大笑い
『何いってんのよ潤ちゃんは。あたしはまだ高校生で来年受験だし、こんなちんけな店継ぐわけないのサ』
いやオバチャンの味絶対ほかのみんなも好きになるよとフォローしたら
『おねーさんだろー』と紙包みへの出来上がりの梱包のあと ホッペをおもいっきり引っ張られた
できた焼きそばを持ちかえって開けて家族で賞味しながら
潤一はひりひりするホッペのせいなのか
しょっぱく濃くて痛烈な辛味のせいなのか
目からすっぱいみずがでて困った
その店は半年後店主が亡くなり
一家はどこか遠くへ越していなくなった
街にはステキな専門店はにどと現れず
潤一は想い出の味にいまだ再会できずに
彼女の作る濃厚な味にまた逢いたいと 歳へた今も願って幾十もの街を食べ旅るいている
TOP