馬車道のグラニュユ(潰状)燈 紫譚
横浜はイギリス風味の
チョコレートスウイートゥーの街
ワシントン坂(ん?)や伊太利山庭園
も随所で馴馴しげに迎えてくれるが
山の下側では清朝お下げや関廟甓ら
ふかふか焼売 朝陽門が手まねき猫し
てくれるけどやっぱり街のれきしが
白妙洋菓子のあまい馨織りの薫おる
粛々としたおもちゃべや そももも
だから人形達ちも魔らがるのだ
街路の角に聳つジャック時計塔は
残念な事に改修工事でその豊で姿を
無味乾燥なジャケットコートに鼓み
隔されつつ袋ぺら怪人の様相だが
一方けっこう長い年桁その真の姿に
お目にかからなかったあのかた
マリンタウアが戻ってきていたよ
やあ ごぶさただったね? マリン
じいちゃま(……ジジイジジイ じつは
ランドマークタワーにまけてる癖に)
(が。スィンボルタワーのほうが
もっとまけてるからと気休め呟き)
関内ビル街の路地端を伝いつつ
つと立ち止まって伝奇のなかの
ヒロウィンのようにフリカエリ
ハロウィンももうすぐと翼生やして
游離する ひりく!
ああそうだにひゃくねんまえここは
海の腹だ中だったと想いに沈みます
どぼん ずぶずぶずぶぶづ……
八幡神居の祠の朱がやけに目に痛い
中村漁村の入江と本牧半島から由く
のびたどこかケープコッドのような
横長調の砂州ら(ながすから海冊き)
記憶アメシストは浅蕗いろに革まり
端が屈れてことるごとる擦すれてる
そんな苫ま家から江戸浦ながめたら
どんなタイムマトリックスリンクな
錯覚なのでしょうな幻幕でしょうな
たかが五十年前に巻き戻しても
みおぼえのある紳士がひとり
ときおりたちどまり開港ヒロバで
オーボエを演奏しながら買いたて
セルロイドの目玉型写真機を手に
大桟橋や造りかけの葱脂高架線を
撮って余閑をその日暗らししてる
どんぶりどぶり錨のよう緩るとな
ああそう あれは父だ 已に在ない
しかし変色し過失で濡らして二枚
屈指いたままこわくて把がせない
あのひとの遺いてった街の昔像が
まだわたしのこの掌札の中にある
ぼんやり のんほりとほののん
有しひの水銀灯の重影 夜靄に零れ
回想愁に ほん と
微すん佇る
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