アイツ事変
心が無垢だったしもべ妖精だって
頂点にのっかってじかんがたてば
内面の実が腐り卑鬼になっていく
一層天狗になった彼は密室に腰掛け
世界地図広げ黒海の出口を指さした
『領土や領海というものはいくら
あってもますます欲しくなります』
そう呟いて目を細め口じりをあげる
『ねえ。キミもそうおもうでしょう?』
向いに座ったシナントロプスが頷く
二人はそれぞれ持寄ったラオチュー
とヴォトゥカを互いにつぎあい
瑕を舐めあいながらのみかわした
たまたま一旦手にした権勢という宝
器は手放したくなくなるものらしい
誤った民族主義といういいわけにも
支えられてどこまでもしがみつき
クーデター起って攻められ囚われる
その瞬間まで外から自分の愉快な
姿が見えず第三の視点にすら
置き換えられない哀しき宿事
その瞳にはもう人の命や営みの尊さ
も慈悲も人類の存亡と矜持に係累す
る大局思考も何一つ映り込まない
個人の平穏と福徳を差し置いて
民族的な利害への固執は何の
意味もなさず 妄執なだけなのに
現代に姿を潜めた賢人たちはなぜ
病禍の危機を目前にそんな自明の
論理を高く吟い上げようとしない
のだろう?
前世紀は何の教訓をも遺さず無駄に
消費され 遺棄されたというのか?
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