熱川回鏡廊
かなり以前
まだ母が健きていたころ
東伊豆のあたがわ温泉に
つれていったことを最近
よく思い出す
磯辺に面した古いホテル
客室の窓ガラスごしに
ベランダのほうから
よどおし魚ミナリが
罅びいていた
やみにマギれアジサシまで
咽せび奏くかの夜う 和して
黒 ろ い 灘
ベランダから見おろした
夜中の海面はまさに
いちまいの暗い絵画 黒画材
布団にくったりよこになると
耳や脳のおくでいつまでも
浪の轟ろきやまず 静まづ
泪がひっぱられて滲んだ
雷雷癩儡 喇喇蕾 螺蠡
蠡磊 蠡磊
蒲団のなかはうおきゆれて
一艘の仮想のフネとなって
なみに外そばれ 夜れ続ける
幻映が泡くあとを引き摺った
洋みまにときおりかすむ
伊豆先の縞まじま つっつう
母が跡形もいなくなったあと
ときどきあの夜のベランダで
母のこころと対話したくなる
日が終のうみが 白んできたら
そこは端じ毬りの 思 環 理
すすむべき舳さきは
そちらの岬わにきっとあると
憶もえるのだろう
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