自転車に乗って
お父さん
子どもの頃 よく私を自転車に乗せて
あちこち走ってくれたね
いいかって言って私を高く持ち上げて
ストンといすに座らせた
お父さんの手 私を抱き上げた手
力が強くて大きかった
頭にお父さんの胸を感じて風の中を
走ったな
和菓子屋さんの角を曲がって
床屋さんを通り過ぎて
今日はどっちに行くのかな、て
楽しみだったよ
お父さんは無口で私にとっては怖い人
自転車に乗っても私には話しかけないで
いつも何かひとり言を言ってたね
私は話しかけられたと思って振り返って
なあに?と聞くと何でもないって答える
いつもそう なんて言ったの?訊こうと
思ってとうとう訊けなかった
でも思ってたの もしかしてお父さんも
私と同じ空想ごっこしてるのかなって
何かに 誰かになったつもりで頭の中で
遊んでたのかな
それともただ何か思い出してつぶやいてただけ?
空想ごっこだったら良かったな
私もよくやるよって話せたら良かった
お父さんは何になったのなんて訊けたら
もっと仲良くなれたかな
あれは優しい時間だったんだね
お母さんは家にいて お兄ちゃんは
友だちと遊んでて
お父さんと私 二人だけの時間
自転車に乗ってたあのとき
お父さんは私だけのお父さんだったんだね
不思議だね
嘘みたいに時間がたっちゃったよ
お父さんの手ずいぶん細くなった
細くて私の手で包めるようになった
ほんと不思議だね
あぁ 今度会ったら訊いてみようかな
あの頃 本当は何を言ってたのって
おぼえてないよね お父さん
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