鈍感になれば解決するというのは間違い

いくら私が気付ける人だからって

怒りとか憎しみとか

暴れるような

醜い本性を

私にぶつけないでよね


分かってくれるから

そうやってぶつけてくるの

迷惑な依存だよ


怒りや暴力で

私をコントロールしようとしても

私は応える気はないよ


でも

無視しても

赤子のように泣くあなたに

私は本当にうんざりしている


あなたの課題は

私のものではないと

いつも言っているじゃないのよ


私が必要な言葉を選んで諭せば

あなたはいったん落ち着いてくれる


けれど

時間が経てば

また怒るし暴れだす


長い付き合いだけど

もう終わりにしてくれないかしら?


もう付き合っていられない


変化のない

成長のない人とは

もう関わりたくない


あなたは簡単に

私をあきらめる気はないでしょうけど

私の中ではあなたとの縁を切っているから!


と、言いつつも


暴力や脅しに耐える日々と

おさらばするため


精魂込めて

立ち向かいます!

脅しではなく

交渉で!


苦しいことに対し「苦しむな」

辛いことに対し「辛くなるな」

痛いことに対し「痛がるな」

むかつくことに対し「怒るな」

とか

「〜するな」と「制限を加える」考え方が

人生において良いとされている

風潮となっているけれど



単純に

感じること

考えることに蓋をするのは

根本的解決には至らない



怪我をして痛がっているのに

「そんなものはない」と否認して

傷を放置し、悪化させるのと同じ


だから

怒りや悲しみ、悔しさを

感じないように暗示をかけるのが正解ではないと

私は思う


それよりは

自分の感じたこと、考え方を素直に受け止め


静かな心で

心に傷を負っているならば

優しい言葉で癒し


心に穴があり

愛情などに枯渇しているならば

温かな言葉で穴をふさぐこと


お腹が空くから食べる

眠いから寝る

寂しいから誰かと話す


自分の欲求に応じて

適切な処置を施すことが

心の症状を軽減させる最善の方法だと思う


だから

襲い掛かる怒りや暴力からは

もちろん逃げつつ

心の掃除を施し

必要ならば冷静に交渉する


感じなければいい

鈍感になれというのは間違い


感じるのであれば

それ相応の対処は必要だ












21/08/03 23:18更新 / アキ
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