遠い人に心の手綱を投げるなら

ああ、あなたよ

独りの夜更けです
遠いあなたに何かお話をいたしましょう

そんな風に思う時、
何よりも美しい話をしたく思います

悲しみの小さな嵐のようにはなりたくないし
愚痴や怒りをぶつけるのも無為なもの

ああ、あれは遠い昔、
私が若かったころ
詐欺師たちの渦に巻かれて
無口の井戸から
自殺をほのめかしクスリと笑うような少女が
イスラム商人と古びた車に二人乗り
太古の地形が隆起する埃だらけの道を
太陽がゲラゲラと笑うなかで旅して
道すがらに見たサフラン畑の紫のじゅうたんよ
世界一高価なスパイスの花よ
まるで星がたくさん降って地面に咲いたようだった
おまえにやるよ
そう言った男は日本人ギタリストの妻を持っていた
赤ちゃんが生まれて
ああ、あの赤ちゃんの名前はインシャだった
祝福、という意味だった

雲が流れて切れ切れに消えていくように
あなたに夜伽する
私は闇に顔を半分隠した半月の女

おはなし、おはなし
さあもうおやすみ
ぐっすりと眠れ


22/12/12 02:01更新 / 湖湖
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