ペスの記憶
ふと、子供の頃に飼っていた犬のことを思い出してしまった…
ある日私が学校から帰ると、居間の真ん中で尻尾をピン!と立てながら、凛々しい姿でまっすぐにこっちを見ていたあの子
誰かから雑種の仔犬を分けてもらったらしい
両親はあの子にペスと名前を付けた
いかにも昭和なその名前…
私はその名があまり気に入らなかったが、でもペスのことが大好きになった
学校が終わると一目散に帰ってきては、いつもペスと遊んだ
本当にとっても可愛くて、人懐っこくて優しい性格だったペス
そんなペスはどんどん大きくなって、そのうち繋がれた鎖を何度も切っては、道行く人にじゃれて怖がられるようになった…
犬は外飼いするのが普通だったあの時代
何回鎖を買い替えても、その度にすぐに切って道行く人にじゃれるペスに、親も手を焼いていたらしい
全然凶暴な犬なんかじゃないし、噛んだりもしない
でも隣近所から、苦情が来ていたようだった
そんな時、父に転勤がでた
その時住んでいた場所から、遠く離れた地域に引っ越すことになった
当然ペスも一緒
私はそう信じて疑わなかった
引っ越しを次の日に控えたその日…
知らないおじさんが軽トラックでやってきた
ペスの犬小屋をそっくりそのままトラックの荷台に積んでいる
何も知らされてなかった私に、母が押し殺したような低い声で言った
「ペスはこのおじさんにあげるからね!泣いたらだめだよ!」
そのうちにペスは助手席に無理やり入れられ、今まで見たこともないような悲しそうな顔で私の方を凝視していた
「毛並みのいい犬だなぁ〜
お嬢ちゃん、ちゃんと可愛がるからね」
そういうおじさんだけが
満面笑顔で微笑んでいた
泣いたらだめだよと言われていたので、私は頑張った
頑張って見送った
そして家に入ったあと
滝のように溢れる涙をこらえることなくいっぱいいっぱい泣いた
次の日遠いところに引っ越して
その後数ヶ月が経ち
しばらく経ってから聞かされた
ペスはあの日の夜
あのおじさんの家を脱走したらしい
きっと私のところに帰りたかったんだ
そしてペスはそのまま消息を絶ったらしい。
ペスはその後どうなったのだろう
その行く末を想像するのはあまりにも悲しすぎる…
そんな何十年も前のことを思い出してしまった…
今はもう生まれ変わっているだろうペスに、今夜はそっと謝りたい気分だ…
明日はいい日でありますように
TOP