夢魔が誘ふ睡魔の中に
何とも言ひ難い程に意識が遠くなるこの睡魔の中に
意識を水に沈めるやうに沈めてしまへば、
後は夢魔の独壇場。
この夢魔の誘ひが曲者なのだ。
夢魔は絶えず俺を騙し討ちしやうと詭計を練っては
手練手管を尽くして、
俺を手込めにしやうとする。
ひらりと飛翔する夢魔は
鳥影の如く俺の意識を蔽ひ、
さっとその足爪を深く俺にめり込ませながら
俺を丸ごとひっ捕まへては、その鋭利な嘴で突き殺す。
とはいへ、殺される俺は既に意識を失ってゐて
夢魔の為されるがまま
心地よく眠りについて夢見の最中。
そして、俺は目の前の出来事を全的に受容し、
何の不審も抱かずにゐればよかったのだが、
一度不意に疑念が脳裏を過(よ)ぎった瞬間、
夢魔の化けの皮を剥ぐやうにして、
夢魔が創りし世界は波辺の砂山のやうに崩れゆき、
俺の意識は息を吹き返すのだ。
その刹那、夢魔はさっさと逃げ失せてゐて、
水面目がけて浮き上がるやうにして
夢世界をぶち破る吾が意識は、
既に覚醒状態にあり、
後は闇を齎す瞼を開けるのみ。
だが、俺は何時も此処で失敗するのだ。
重く垂れてしまった瞼は、
俺の意思に反して開く事なく、
瞼はまるで意識を持った意識体に化したかのやうに
断じて開く事はないのだ。
それもまた、夢魔の奸計の一つに違ひなく
俺はまたもや夢魔の罠に嵌まるのだ。
今度は夢魔はその気配を殺し、
只管、瞼裡にのみ映像を見せながら、私を再び水の中に
つまり、夢の中へと没するのだ。
水中にゐるやうな浮遊感に心動かされつつ、
夢魔の思ひのままに再び操られるのだ。
しかし、その時間は途轍もなく充足してゐて
現実では全くあり得ない展開に俺も巻き込まれながら
悲喜こもごもの俺と言ふ存在が
夢の中で浮き彫りにされてゆく。
それを有無も言はずに受容する、
否、呑み込む俺は、満腹感に満たされて
何とも夢心地の中に気分も浸してゆく事になる。
全く夢と言ふものは
何処にも罠を張っておき、
その陥穽に落ちる事が楽しくて仕方がないのだ。
多分に俺は自ら進んでその陥穽に落ちる事を
しでかしてゐるに違ひいなく、
穴凹だらけの夢の中で、
夢魔が仕掛けたその罠に落ちては
その創りに感嘆するのである。
その陥穽は一つの宇宙にまで昇華してゐて、
見とれるばかりなのだ。
それはMultiverseと名付けられたものなのかもしれず、
多重宇宙が夢魔によって創られて、そしてそれを見せられては、
其処から抜け出す事は私の意思では不可能なのだ。
だから、俺は自ら進んで夢魔が仕掛けた陥穽に落ちるのか。
それすらも覚束ない俺は、
覚醒時にどんな夢を見ていたのかは全く忘れてゐて、
それを善としてゐる。
夢に弄ばれながら、
充実した時間を過ごせれば、
それはそれで魔法の国へと誘はれたやうで、
最早それは快楽でしかないのだ。
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