惚けてしまった哀しみの
惚けてしまった哀しみの
茶色い色はすっかり褪せて、
柿渋のやうな衣魚が残りました。
――どうして私は
と思ふ以前にすっかり草臥れ果ててゐたのです。
それでもやっぱり哀しいと言ふ感情は幽かに蠢いてゐて、
私は無言で涙を流すのでした。
惚けてしまった哀しみは
私の心を蔽ひ尽くしてみたはいいが、
鋭き刃物で剔抉された私の心からは
どろりとした哀しみが腐臭を発して流れ出たのです。
それは眼球を抉り取られるに等しい苦悶をもって
眼窩のやうな穴が心に開いたのでした。
さうして、既にどろりと溶けてしまった私の脳味噌は
その眼窩からちょろりと流れ出て、
まったく死靈と化してしまってゐたのです。
生きる屍は
此の世の多数派に違ひなく、
誰もが既に鰯の目玉のやうな目つきをしながら、
己を食らう奴の目玉を睨み付けてゐる筈だ。
まだしも、食われるだけでも死んだものは幸せなのか。
既に腐った吾は食ふには最早適さずに、
火葬にするが精一杯。
惚けてしまった哀しみは
何時しかどす黒い血色に染まってゐたのです。
さうして私は無言で涙を流すのでした。
俳句一句短歌一首
秋の日に 逃げた女の 影と遊ぶ
ここにゐて さう言ったまま 消えた女 残されし吾 欠伸する
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