歳月を飛び越えて
「ギブ ミー チューインガム」
その声に振り返ってみたが
少年の姿などあろうはずもない
この川のほとりにひとりたたずみ
その流れをじっと眺める私の耳に
タイムスリップによって飛び込んできた
80年前の少年の声か
それともこの河原の土と化した
哀れな少年たちの言霊か…
私の胸にふと あの時代が
そう 私がこの世に生を受けるよりも
ずっとずっと前のあの時代がよぎった
そう いたる所に山と積まれた髑髏たちが
眼窩に無念の思いを込めて
だだっ広い焼け野原を
睨み付けていたあの時代
母の形見の金剛石の指環が
わずか42個の藷に化けたあの時代
飢えに耐えかね 農家の庭に入り込み
鶏を盗もうとした6歳の少年が
家の者に捕まり
鍬で殴り殺されたあの時代
全身の 紫色をした疥癬が
掻くたびに血を流し
栄養をくれともがいていたあの時代が
私の胸をよぎった…
ひもじさに泣きわめく少年たちの声が
また私の耳に聞こえてきた
彼らはしきりに大福を欲しがってる
桃を食べたいとわめいてる
梅干を 卵を 大根を欲しいと泣いてる
まだ 年端もゆかない少年たちの
哀れに痩せこけたからだが
紫色の疥癬が
泣き声とともに私の心にせまってくる
大福だろうと桃だろうと
いくつでも私には買うことができるのに
おまえたちの願いに応えてやれないなんて
おまえたちに分けてやれないなんて
おまえたちのひもじさを
取り去ってやれないなんて…
水漬く屍も消えた川のほとりで
ひとりたたずむ私の耳に
少年たちの声はまだ鳴り響いている
「ギブ ミー チューインガム」
私は上着のポケットからガムを取り出し
1枚ずつ川面に放り投げた
80年の歳月を飛び越え
声の主のもとへ届くことを祈りながら…
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