代表作はいらない
「突然の連載打ち切りは
先生自身の御意向だったのですか?」
始まってからちょうど半年
読者の声援がカーブを描いて
急に上向いてきたその矢先
思いがけない最終回に
面食らった後に 先生は一言
「わしは 代表作はいらない」
その表情は しかし険しくはなく
ホッとするほど柔和な眼差しだった
「作家は永遠にホープであるべき
大成した時が作家の死だ」
昔からの先生の持論
芽が出るのを意図的に拒むように
新人賞受賞の青春純愛モノとは
ぜんぜん違う歴史モノから
SF 推理 喜劇と続き
今回の不倫モノで 今までになく
ファンを急増させてたのだった
主人公の富美子が好きになったのは
海外へ単身赴任中の夫の実弟
夫にはない 彼の若さと荒々しさに
富美子はたちまち囚われてしまう──
次第に数を増してきたファンは
しかし 大半が主婦層だった
「不倫モノの… とよばれたくない」
同じテーマでの原稿依頼が
殺到するのを先生は何よりも恐れた
「わしは 代表作はいらない」
そう繰り返す先生の胸の中に
新人賞同期受賞のM氏の姿があった
受賞作と同じハードボイルド路線で
爆発的に大当たりしたデビュー2作目
映画化もされた自作が壁となって
それを超えられず 行き詰まった末に
自ら生命を絶った 不幸な作家
一途の危険さは 先生の身にしみた
次に先生が構想してるのは
プロ野球選手を主人公にした
選手生涯のストーリーとのこと
壮大なスケールの物語であっても
先生の代表作になることはない
「作家は永遠にホープであるべき」
このチャレンジ精神さえあれば
代表作なんて必要ないんだ
大成は永遠にないという先生は しかし
険しくはない 柔和な眼差しだった
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