雨の間際に

小説家になりたい。
幼い僕が持った、淡い淡い夢。
目を閉じて、息を吐いて、それからそっと、原稿用紙を広げる。
これが僕の世界の土台。僕の無限だ。
ペン先からインクが落ちれば、それは命になる。者になる。言葉になる。
世界とは案外簡単に作れるものなのだ。

雨が降っている。
湿度計は、必要ないか。
纏わりつく深い蒼の感覚も、へばり付く潮の匂いも、数値で表すものじゃない。
それはきっと、あの辺りに落ちている。

雨が降っている。
書庫の窓をノックする。
きっと雨粒たちも、分厚い本を読んで、頭のいいふりをしたいのだろう。
がたがたと風が揺れる。
書庫の窓を何度もこじ開けようとする。

雨が降っている。
いつもならもうインクが乾いて、僕の手を止める。
世界が、いつもなら時を止める。
今日は随分と長く保っている。
思い切って窓を開けると、風は止んでいた。
世界が飛ばされずに済んだ。

そうかそうか、それほど心待ちなら。
ペンを手に取る。紙の陸地に、雨とインクが海を作る。
この紙一枚が星になったら、コーヒーを淹れようと思う。
雨が降っている。

25/08/11 03:42更新 / しゃぼん玉
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