ヤバいことに気づいた。学校
ヤバいことに気づいた。学校って人体すぎる
昼に活発になり、夜には最低限の施設が稼働する
左か右か忘れたけど、決まった通路を歩いて
ひとつひとつの部屋に、整列して入っていく私たち
災害で学校が怪我をすれば、細胞や血液の如く
私たちは傷口から溢れ出すように避難する
古くなってきた箇所は取り替える
取り替えた場所がいうほどアップグレードしないのも人体すぎる
毎日汚れを綺麗にする
窓が開いてたらそれを閉める係がいる
不審者が入ってきたら、全力で止めに行く人がいる
放送室は神経だ。全域に指令が飛ぶ
図書室は脳。知識や記録が眠っている
校長室は心臓。重要だし、出入り口でっかいし
なかなかお目にかかれないところもそっくり
トイレは……うん、いや、やめておこう
とにかく、学校が人体なら
それはやっぱり新しい学校ができたらめでたいし
廃校とかになったら悲しいし寂しいだろう
学校の人生で言うところの死だ。悔やむべきだ
私たちも細胞みたいなものなんだ
入学したら、いつか卒業する
卒業しても、また入学する
人間の細胞も、何ヶ月か経つと全部変わるらしいし
それってつまり私たちの日々の営みが
「学校の人生」を形成しているのかな
だから知らない学校の人と会うのは
緊張するけど楽しくもある
だって、私たちの「はじめまして」は
学校にとっても「はじめまして」で
人体を形成してきた細胞同士が
同じ一つの人体に集まって
新たな学校の人生を作るための
最初のハグをするようなものだから
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