故郷から、逃げ出す朝に

 
 彼女の声。「ほんとうに行っちゃうの?」と彼女は言った。哀しいくらいに積雪が綺麗だったからなおのこと、僕の胸はグッと町へと傾いた。ちょうど彼女の母さんが車で出かけるところで、スタッドレスタイヤと雪が擦れてくぐもったような、しかし何かが籠もってるような音がするや、僕はそれを〈夢〉と名付けたくなった。そうだ僕は、夢から逃れたかったんだ。

 パープル、ピンク、ライムグリーン…閑静ながら小洒落た、水彩のような家々は銘々に個性豊かなクリスマスの装いをしていた。そうそう、彼女の家には小さな子どもが乗れるくらいのソリのオブジェが飾ってあったんだ。ミニマリストで有名な父さんが管轄する僕の灰色の家でさえモミの木のリースが飾られていて、"Merry Christmas"の金色を見るだけで、僕は夢と現実の区別がつかなくなるような心地がした。まして北国の冬は圧倒的に夜の方が長いのだ。輝ける朝の凛とした冷気さえ、深き聖夜の暖炉の火へと焚べられるために浮かんでいるかのようだった。甘い微睡みの中で聖女のそれのような君の産毛が日に揺れた。そのとき僕は"ここにいては包まれることから決して逃げることはできない"と思った。明くる朝に僕は列車に飛び乗った。もう一度あの街に行って、そしてもう一度あのハンバーガーチェーンに行くんだ。「またおいな」ってからかうように言ってきた女店員に、無性に会いたくて仕方がなかった。少なくとも彼女は雪の湿り気とも、水彩の優しさとも無縁で、そして夢の中の彼女よりも、少しばかり腰つきがセクシーだった。




24/12/11 19:32更新 / はちみつ
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