雪のプレゼント
大人くらいに大きくて、胴の直径もアナコンダみたいに野太いけれど、不思議と獰猛な感じはなくて、逆に強く精神性を感じる。愛果が夢に、古代日本の林らしき場所で出逢ったのは、そんな不思議な蛇だった。
ピリッとした冷気に包まれた冬の朝らしかった。雪はたしかに降ってはいなかったけれど、このいま彼女は雪を蛇の周りに、あたかも纏わせるように降らせてみた。すると蛇神様との言葉が彼女の胸へと、降雪の厳かに緩やかな速度に合わせるようにして舞い降りた。
"クーン"としかし彼は鳴く。まるで子犬のようにいたいけな声が林に響く。彼女は9年前に死んだ雌のポメラニアンを思い出した。まさか。夢で見た折りはまったく犬のような感じは抱かなかったし、だいいち蛇神様はぜったい雄だって確信がある。
でも、と彼女は思う。0か100かじゃなくって、たとえばある一面だけが乗り移ってる、つまり10くらいはみかんちゃん(それがポメラニアンの名前だった)なんだ、みたいに考えることはできるのかもしれないし、考えるべきなのかもしれない。
"元気やったかえ?みかんちゃんよ"いつの間にか雪の林に祖母も来ていた。"クルルル、クルッ、クルウゥー"と彼が鳴いたものだから、彼女も祖母もぶったまげた。"そうかそうか、アンタは鳩でもあったんか"と祖母は言う。"鳩でもって、ちょっとさすがに適当すぎない?それじゃ蛇、犬、鳩の3重掛けじゃない"と、彼女はもう笑いが抑えられない。
"でも愛果ちゃんよ、アンタ高校んとき、弱った鳩を一晩籠に入れて護ったったことあったやろ。わしあのときはホンマに感激したんよ。立派な娘になったのうってな"その折り初めて、彼女はそんなことがあったことを思い出した。というよりそれこそ10年くらい思い出していなかっただろうと、彼女はなんだか感慨深い。
もう十数年も前の朝のこと。玄関にて籠から出してみると、瞬く間に天井あたりまで飛び上がったので、彼女は「もう大丈夫」とドアを開けると、鳩はどこまでも軽やかに澄んだ青空へと飛び立っていったのだった。
"ねぇおばあちゃん、もしかしたらあの朝の鳩のように、蛇神様も飛び立ちたいんじゃないのかな?"と彼女は言う。"どこへ行くんか?この林以上にお似合いの場所があるやろか"と祖母は言う。"私思うんだ。蛇神様は私たちのこと、いままで大事に大事に見護っていてくれてたんだと思う。でもいま、その役目を言うなれば全うしたんじゃないのかな。だから蛇神様はこうして私の胸に現れて、私とおばあちゃんにさよならを言いに来たんだと思うの"
愛果はそっと目を開いた。"愛果ちゃんらしい、可愛らしい考えやのう"と、目尻を下げて笑う祖母からフェードアウトするようにして。
これから始まる今日という日が、遥かなる明日のように瞬いている気がした。
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