ここからまた 物語を
僕は南海トラフが怖くて帰らなかった
でもみなはその危険のさなかで団らんをしている
可笑しい、可笑しい
母が振る舞っているだろうお菓子が、食べたい(笑)
そもそもこの地に来たのも地震を避けるため
そんな不安気質な僕の人生行路
けれどここでしか逢えない女(ひと)
明日に待っていてくれると思うならば
そんな弱い自分の全てを肯定できる
弱さが開く旅路だってあるのだと
固有の弱さ抱きしめたい
山の麓の実家への
緑なすあの一本道を
いつか彼女とともに揺られることができるだろうか
蛇行した川の流れに沿ってカーブを曲がれば
いよいよ故郷は目と鼻のさき
そのあいだに地形はさらにグッと狭まり
まさに山と川に挟まれた桃源郷のよう
そんな世界の片隅で今
父と弟はAI談義に花を咲かせているだろうか
そう思うとなんだか可笑しい
田舎とAIの取り合わせだけじゃない
プチインテリの父に一流研究者の弟
そして学問の世界に入れなかった落伍者の僕
ため息1つついても、その吐息が
不思議と優しく聴こえるのは
変わることなく一員として接してくれる彼らのお陰
母は美味しそうな手料理の写真をLINEで送ってきた
90半ばの祖父とは春の電話が忘れられない
「あんたは世界で1人だけの人間なんやに」ー
そう何回も繰り返したじいちゃん
1人100km離れた北九州の地にいるけれど
かえってみなの心音はこの胸に響いてくるよう
そうしてお盆が終われば僕はまた
みなに支えられながらも1人を生きるのだ
後ろめたさもあるけれど
僕の人生は僕だけのもの
みなへの感謝の念に
みなの安全への祈り
そして郷愁
それからちょっとばかりの
揺蕩うような甘酸っぱい未練と
そんな諸々とともに矜持を抱く
盛夏に眼差し
凛と澄ませて
ここから物語を
また始めるように
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