芸術家な(?)彼女

 デジタルデトックスしてるのと、彼女は言った。いまの子ってもうホント、暇さえあればスマホでしょ?私ね、ふっと思ったんだ。スマホのために、いったいどれだけの創造の果実が失われたのかって。それ以来、彼女からの返信は一切途絶えてしまった。
 僕は彼女の恋人というわけではなかったものの、かなりベッタリとした友人だった。だから彼女の変節は、そしてなにより断絶は、僕に甚大なショックをもたらした。彼女との長電話も、そのために2人同じ作品を見たAmazonPrimeの時間も、延々と得点を競い合っていたツムツムをプレイする習慣も、みなからっきし無くなってしまった。目前に広大な無が横たわっていた。長い午後など、まるで時間の止まった世界の果てにでもいるかのような心地がした。そうして僕は時折思い立ったように、馴染みの曲をループさせたりした。
 彼女が何をしているのか、僕はまったくもって知らされてはいない。断絶されて初めて淡い恋心のようなものを感じるのは、いったい何の罰なのだろう?創造と言っていたからには、なにかクリエイティブなことをしているのだと思う。孤独を友とする神秘的で美しい女芸術家として、彼女はこの胸のうちに揺らめいている。
 いずれにせよ、彼女は自分になったのだ。僕も自分にならなくっちゃならないと、買ってきたばかりのCampusのノートを広げ、青のフリクションボールで、僕はゆっくりと自分ってやつを綴ってゆく。ぎこちなくたっていい。なんたっていまは、歩き出したばかりなんだから。最初だけ力を貸してと、胸に設えたパレットで、彼女との折々の想い出を混ぜ始める―
 目の前にまっすぐに道が伸びているようだった。その道をどんな風に彩ろうが、すべては僕の自由だという感覚が、瑞々しく僕を打った。彼女とよりを戻せるかどうかは分からない。けれど少なくとも、僕は彼女に背中を押してもらったのだ―うっすらとした口紅が月明かりに艶めくような、あの美しい1人の女性に、たしかに。彼女のおかげで人生が変わるかもしれないとの想いに、この胸はしっとりとした高揚に満ちてゆく。
 

24/07/23 17:42更新 / はちみつ
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