魂の妹
孤独に悩みがちな僕も、彼女のことを思い出すと、自信が少し回復する。彼女も僕と同じように、職場で孤高を保っていたから。彼女は、僕が以前働いていた職場の同僚だった。
僕は彼女の、靴を靴箱に仕舞う折の所作がたまらなく好きだった。気のせいかもしれないけれど、というかまず気のせいだとは思うんだけど、なんだか僕にはその折彼女が、"誰か私の相手をして"と胸中に呟いているように見えていたのだ(その様が、切なくて可愛いくて仕方がなかった)。
別に彼女はキョロキョロしてたわけじゃない。むしろ逆に一点を見据えているかのように静的だった。でもそのトーンにはなんだか、虚ろとまでは言わないまでもたしかに、虚を見つめているような趣が仄かにあって、そして半ば無意識にそんな行動―周囲にそれとなくサインを送る―を取っても不思議でない程度には、彼女の雰囲気は幼かった。
まず声がそうだった(可愛いかった)。30を超えているというのに、声だけ聞けば中学生と間違ってしまうような声だった。そしてどこか抜けたところがあった。彼女が入社して間もない頃のこと。彼女は同じ作業場の2、3上の女性に、「これはこうすればいいの?」と、初対面にもかかわらずタメ口で言ったのだった。女性は「あ、ああ…」と苦笑いしてから、「そうですよ、そうすればいいんですよ」と半ばなだめるように言ったのだけど、他にもどこか女性にしては感情の幅が狭いようなところがあって、笑うべきところなのに無表情なんてこともあったし、なによりボケツッコミ的な会話をしているところを見たことがなかった(できなかったんだと思う)。
ここで最初に戻るのだけど、これらのほとんどは、まさに僕にも当てはまる特徴なのだった。ただタメ口に関してはビビリの僕には真似できないし(笑)、声も中学生とまでは言えないけれど。
昔からいつも他人とどこかでズレていたから、みなの輪に入れず孤立していた。そして―ありがちなことだけれど―そんな自分をどこかで特別視していた。といって幼い雰囲気があるからだろう、敬まわれるようなことはほとんどなかった。必然のように、自意識はこじれた。いまも、そんな自意識が完全に正常に(?)なったわけじゃないし、もうそんな自分をずっと抱えて生きていくしかないと開き直っていたりする。
そんな中、もう会うこともないだろうに、彼女も自分ってやつを特別視していたんじゃないかと思うと、この胸はなんだかゾクゾクするように高揚するのだ。もちろんそれは、そんな自分の似姿を彼女に見ることによる甘さから来ているのだとは思う。でも、それを差し引いても、幼声の天然タメ口ナルシストアラサーなんて、ちょっと可愛いすぎやしないか。
さんざん書いておいてなんだけど、僕は彼女とほとんど話したことがない。話したくて話したくって、仕方がなかったけれど。近いようで遠かったその距離感が、"魂の妹"的な幻想を抱かせるのかもしれない。ちなみに彼女は、僕の37年間の人生の中でも1番可愛いかった。それも、とびっきり。
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