クマゼミと彼女
「クマゼミが好きなの」と彼女が言ったときには驚いた。セミとはいえ一応"クマ"とついているし鳴き声もワシャワシャとけたたましく、それらは彼女の華奢な肩や小さく可憐な胸には似合ってないように思ったから。でも彼女が「クマクマクマ~」とセミに唱和するように口ずさんだときには、もっと驚いた。というのもそのとき、"そうか、クマはクマでも子グマという発想もあるのか!"との認識に電撃のように打たれたからで、すると今度は真逆に、クマゼミと彼女の組み合わせがこれ以上ないほどにキマっていると思えてきて、僕はあたかも―そこは単に僕の家の庭だったのだけど―森の豊かさに囲まれているような気がしてきたものだった。豊かな森ではなく森の豊かさと書いたのはつまり、木々が鬱蒼と繁っている只中ではなく外れの辺りを庭に重ねていたからで、庭はいわば澄んだ大気の漂ってくる森の庭だった。切り株だってあった。そんなさなかで彼女の瞳がやや強い風に細められると、大地の緑も儚げに揺れて。可愛いくって愛おしくって仕方がなくなって僕は、見上げていた20cm背の低い子グマな彼女をむぎゅ~っと抱きしめていた。「ちょ、ちょっと苦しいかも~」と、彼女は照れ笑いをしながら。そのとき気付いたのだけど僕の背にはしっかりとそのか細い腕が回されていて、それは情熱を口ずさんでいた―という比喩がまさにふさわしいように彼女は、両手の親指を除く四本指を僕の背の上でバタバタさせていたのだった。なんだいユー、今度は庭をラテンの国にしちまうのかい?見上げれば空は抜けるように青い。「ラ、ラ、ラ、ラ、ラテンのくにぃ~」と歌い(?)ながら、絹のような手指に岩のごとき手指を絡ませるほどに狂おしく彼女が、彼女が欲しくなってゆく。心なしかクマゼミたちのボルテージも上がっているようだ。ようやく僕にも夏が来た―
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