シロツメクサのように可憐な君は

ずっとずっと君は静かに歩んでたんだ
華奢な肩に小さな胸を運んで
たとえば夜の海鳴りなんかに
〈ひとびと〉の鼓動を夢見ながら

まるで人魚のようにしなやかな腰つきで君は
村の広場をゆっくりと回りながら夢を羽ばたかせていた
僕は複雑ではあったものの深刻ではなかった
その澄んだ瞳は少女の無邪気さでみなぎっていたから

でもあの日、亜麻色の湖面に降り積もった鮮烈な夢は
湖を隅々まで憂いに満ちたトーンに染め上げてしまった

あの日、ベルクハイデには儚さが降りしきっていた
君のあの、安らぎを抱いた横顔
牡丹雪が僕と君を隔て続けるなか
亜麻色の瞳は雪粉に縁取られながら曇天を抱いていた

永遠っていうものがあるならば
あの日君はそれを抱いていたのかな
それはくすんだ灰色で、まるで
"〈ひとびと〉の明日"のような物哀しい美しさをしていて

君が仄かにも哀しみを背負おうとしてるんじゃないかと
薪を焚べるのにも一苦労な君の肩を想って
僕はその場で君を抱きしめたくなった
牡丹雪なんか全部なぎ払って  

故郷の大気は変わることなく君を包んでいた
でもその瞳は憂いを帯びるようになった
皮肉にも君は哀しげなほどに美しくなっていった
シロツメクサのように可憐な君はもういなかった
〈ひとびと〉の方角へと君がたなびいてゆくほどに
僕は君が欲しくて仕方がなくなって

凍てつく大気に絹のような霜のなか
君の祈りは曇天の光をも煌めかせてゆく
月の煌々とした夜に君が軒下から出れば
悲壮なまでのまばゆさに君は妖しかった
その甘くも厳粛な声色の前に
この胸の琴線は夢中のように響き
一足一足歩むごとに
切なげな音色が泉へと落ちた

ある朝僕はうたた寝のなか
君が舟でベルクハイデに旅立つ夢を見た
すると君から水色の雫がこぼれて大地に向かってくる
いまの君は僕のために泣きなどしない
だからこれは君の残り香なのだと
涙をこらえながら雫に手を伸ばした
雫が掌をすり抜け続けるなか
僕はとうに君との別れを失っていたことを悟った

僕はいまさら君の頬に
シロツメクサをひっつけて遊んでいる


24/07/14 17:23更新 / はちみつ
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