水彩のような恋心
ゆっくりと行きましょうと、女は少年の手を取り、歩き出す。その"ゆっくりと"の語感と、女の艶かしさを、少年は淡い朝日のなか重ねていた。大気のなかを、細い腰がしなりながら泳いでいるようだと、ぼうっと見とれながら。
時間が引き延ばされたかのよう。それは、けして郷里の同窓生の少女たちには作り出すことのできない緩やかさだった。
もしも彼女に抱きしめられたら―と、少年は夢見心地に考える。僕はそのしなやかな腰に真っ先に触れるだろう。そして和やかな風のような手つきで、側面から背中へ、そしておへその辺りへと、ゆっくりと撫でていくだろう。聖なる儀式であるかのような厳かさで、ただ両の手の感触だけを頼りに、この上ない静けさのうちに目を瞑りながら。
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緑の芝と新緑の木々たちの鮮やかさは、彼女の永遠の若さを約束していた。
旅の途中でこまごまとしたあれこれが持ち上がると、彼女は実に迅速な動きで少年を導いた。厳しさのなか仄かに滲み出すかのような慈しみを、少年は目一杯その胸に吸い込んだ。
夜。空一面に散りばめられた銀色の光を眺めるようなときには、彼女はときおり少年をからかうのだった。
"どんな甘い学校生活を送ってたのかな・・・?"
"残してきた彼女は、きっと今この同じ夜空を見てるわよ"
少年はそんなとき、恥ずかしくて惨めだった。けれどその後には、そんな羞恥を凪ぎ払うかのようにして胸は燃え盛ってくるのだった。立派な男になった未来の自分が誇らしげに彼女を抱いている姿を想像しては、彼は恍惚となった。
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夏になると、女の小さな胸は上半分ほどが顕になった。少年は、まだ故郷の少女たちのそれの方が豊かかもしれないその小さな胸を見ながら、しかし彼女への畏敬の念はいささかも減じることがなかったものの、そのいじらしい感じゆえに、彼は今すでに自分が彼女を抱く資格があるのではないかと錯覚し、またそれを楽しんだ。
女の歩き姿は変わることなく美しかった。雪のようなその太ももの肌に、熱帯夜には少年はやはり酩酊するのだった。そして明くる穏やかな朝には、ぼかし絵のようにして、ただその地上にもたらされた美しさのさなかを、このうえない懐かしさに包まれるままにたゆたうのだった。
あえて包まれているのだと、彼は思った。包むことができる"にもかかわらず"、という余裕を口のなか、飴玉みたいに転がし続けながら。
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