追憶の詩
不思議な女(ひと)だった
150cmほどの小さな身体に
少年のように凹凸のない胸
なのに腰つきは人魚のように妖しくて
一足一足、歩むほどに
物哀しい潮騒が聴こえてくるようだった
いつもどこか物憂げで
それでいて澄明な彫刻のような横顔
その美しく張り詰めた表皮はその秘密を
猥雑な外界から隔てつつ煌めかせていた
求めても求めても、届かずに
日夜、虚空を掴むことしかできなくて
いつしか僕は胸のなか
女山伏の彼女を幻視するようになった
その身体には繊細な英知がみなぎっていた
純白の装束にはやはり人魚の腰がうごめいていた
たおやかに歩むほどに白雲は厳かに揺らめき
立ち止まり目を瞑れば葉擦れすらも止んだ
沈黙が彼女を包み、僕をも包んで
微睡みのような木漏れ日に瞼を開く彼女は懐かしかった
焚き火越しに翳る頬 その瞳は
遠い故郷でも眼差しているかのように、淡く
仄暗い口を開ける洞 夢見る星々をよそに
佇む彼女の前に、立ち尽くすしかなくて
何の変哲もないあの町の空の下
彼女は今もみなにへりくだり続けているだろう
だけど僕は知っている
彼女こそが真に、この世界を眼差していることを
もう30を超えた彼女の
少女のように甘い声が、胸に木霊する
あの透徹な視線の先に、あったもの
ひとえにそれを知りたいから
僕は明日も詩を書くだろう
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