あなたを胸に仕舞って
あなたからのメッセは来なくなった。ゆるりゆるりとやり取りを重ねていたものだから、間を置いてまたフッと、なんてこともないではない。でもなんとはなしに分かります―あなたからの返信が来ることは、もうないのだと。
振り返れば、あなたはあまりにもあなただった。あなたという存在が作り出すニュアンスでこの胸は底の底まで染まっていたものだから、別の女(ひと)にだって褒められ得るという事実を心底では理解することができないでいた。
遠い街に来た(転居した)という、ただそれだけの事実があなたを霞ませてしまった折の驚きを、僕はいまでも昨日のことのように思い出す。そしてまた、それがもたらした解放感さえも。
抵抗がなかったと言えば嘘になるけれどそれはあまりに大きくって、遥か空へとたおやかな安堵が満ち広がってゆくかのようでさえあって、そのとき僕は認めざるを得なかった―僕はずっと、ずっと、あなたのことを忘れたかったのだ、と。
久方ぶりに電話がかかってきた折には、相も変わらず胸は悦びでひっくり返ってしまいそうになって、この胸のあなたにだけ向けられた場所をそれこそ一生かけて育んでゆくように、毎年毎年帰省してはあなたに会う計画を思い描いたものだったけど、そのあいだにも僕はこの街で―結局、彼女とも結ばれることはなかったものの―大切な女(ひと)と会い続け、あるいはたとえば道行く女(ひと)の伏せられた目に、来たる明日の哀楽を夢見たりもした。
そうこうするうち、胸の中のあなたへの場所は小さく小さくなっていった。それでも僕はあなたへの、あたかもあなたを待望しているかのような熱情的なメッセを止めることができなかった。新たな日々へと漕ぎ出すためにこそ、あなたのことはもう胸に仕舞いたい―そんな本心をひた隠したまま。
折よく途絶えた、あなたからのメッセ。なぜ来なくなったのかは分からない。単に僕に飽きたから?それともそれこそ、こちらの忘れたがっている気持ちを察して、僕のためを思って?
でももう、どっちだって構いやしない。胸の片隅にそっと置いた、過去というラベルの貼られたあなたとの日々。ささやかな小箱の中のそれが、和やかで温かいものたちで満ちていることさえ、分かるなら。
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