ナニモノ
どろりと鉛のような黒
固体が液体に変わる前のあの嫌らしい柔らかさ
便器の裏に知らぬ間にべったり張り付いた排泄物みたいに
鼻をつくような匂いを漂わせながら口の端を歪ませる
「ここはどこだ」
どこまでも続く灰色の壁に手を這わせ
恐る恐る土煙の立つ地面を伝う
誰もいない
いるのは人の形をした影
ふわふわと実体のない体を漂わせ
ときおり地面に降りてきてはまた浮き上がる
しばらく眺めていたが
声をかけるにもなんだか躊躇いを感じるほど
「お前は誰だ」
勇気を振り絞って問いかけてみる
【ケタケタケタケタ】
頭いっぱいに甲高く鳴り響いたかと思うと
いつのまにか眼前に影が現れた
「っ!?」
心底驚き体が固まる
影は口の端を歪めたまま
【オマエハダレダオマエハダレダオマエハダレダ】
鸚鵡返しに繰り返す
黒く切り抜かれた二つの眼は空洞のまま
こちらを見つめている
恐怖のあまり意識すら手放してしまいそうだ
【ケタケタケタケタ】
影はせせら笑うようにぐるぐる回り始めた
【オマエハダレダオマエハダレダオマエハオレダ】
支えていたはずの壁も地面もいつの間にか消失して
ふわりと体がリクライニングする
遠のく意識のなかで微かに水滴の落ちる音がした
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