神隠し
ただれたような空の下で
勢い良く蹴り上げた鞠は
石段を飛び越え 神社の境内を抜け
そのまま見えなくなってしまった
一体誰と いつからここで
蹴鞠遊びをしていたのだろうか
僕は鞠と一緒についさっきまでの記憶も
すっかり蹴飛ばしてしまったのだった
夕暮れに子供がいなくなるのは
目の奥が焼け付き 霞んでしまうから
人も 景色も 不気味に映り
帰る場所が分からなくなる
足下ばかり見て鞠を探していた僕は
ふと顔を上げた時 そんな言葉を思い出した
麓の神社を出たばかりのはずが
いつの間にか 深山の霧に囲まれていた
おおお い おおお い
うお お い うお お い
だれかあ あ だれかあ あ
だうれ かあ あ だうれ かあ あ
こだました僕の叫び声は
湿った空気に圧し潰され
自分の声だとは信じられない程
低く 重く響き渡ったが
期待も虚しく返事はなかった
ただ 怯える僕を慰めるように
霧に紛れた名前も知らない花達が
原色の花弁を揺らすだけだった
それからどれ程歩いただろうか
膝が軋み出し 腹時計も壊れかけた頃
小さな東屋のある広場に着いた
そこには沢山の丸い物が転がっていた
鞠だと思ったそれらは 全て人の顔だった
父さんと母さんや爺婆ちゃんの顔
先生や友達の顔 思いを寄せたあの子の顔
みんな目を閉じ静かに眠っていた
ぽつんと一つ 東屋に置かれた顔を見て
僕は思わず悲鳴を上げてしまった
それは泣きじゃくり 頬も目尻も酷く歪んだ
幼い自分の顔だった
夕暮れに子供がいなくなるのは
目の奥が焼け付き 霞んでしまうから
人も 景色も 不気味に映り
帰る場所が分からなくなる
震える指で濡れた頬に触れた瞬間
胸の奥底 僕の一番ほの暗い所で
張り詰めていた糸が切れた
そして霧は一層濃さを増し
家までの道も 優しい朝靄も
僕はあの日を境に忘れてしまった
夜毎に見るのは 一人小さくうずくまり
手招く影を待つ夢ばかりで
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